中国ドラマ 春花秋月 その後物語2 | **arcano**・・・秘密ブログ

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韓流、華流ドラマその後二次小説、日本人が書く韓流ドラマ風小説など。オリジナルも少々。
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あの江湖の混沌時代が夢であったかのように、平穏な日々が続いていた。

その日は午前から雪が降り続き夜にはすっかり白銀の世界を作り出していた。
秋月は朝から春花の様子の変化にピリピリと緊張を走らせている。
無駄に春花の周りをうろつく事で逆に春花が落ち着く事ができ不幸中の幸いの様だと思っていた。

『…ちょっと、そんなに怖い顔しないで。大丈夫だから』

『大丈夫って…明確な理由は?確実な理由もなくでまかせを言うな。そんなに辛そうにして…今葉顔を呼んだ。痛みがなくなるように気の乱れを鎮める』
痛みを和らげるくらいの功力は洞主であった昔は秋月にとって大した力ではなかった。だが力を失った今となっては捻出する事もかなりの負担となっていた。しかしこうして葉顔に依頼しなければならない事に無力な己に些かの不甲斐なさを感じていた。

『もう…あのねえ、千月洞の現洞主を呼び付けるなんてなんて事を…李漁さんに聞いたら最初に痛みが始まってから定期的にくるそうよ。段々と間隔が短くなってくるから暫く掛かるんですって。それから医者を呼んでも良いって聞いたわ。』

『…あやつは男ゆえ、春花の身体を見せる事はならん。それに八仙で医者となったようだが果たして信用できるのか?』

『大丈夫よ。それに今は彩彩さんが手伝ってるようだし…男だからだめって医者はこの江湖には男の人しかしかいないじゃない』

『ふん、あの聡明な女子を得て益々調子に乗り春花の出産にまで口出しとは…図々しい』

秋月は不安のあまりにやや攻撃的な発言で春花に睨まれる。

『それでも冷凝さんも無事に男の子を出産していたわ』

『ああ、喜び勇んだ秦流風が血迷って自慢しにきたからな…』

流風は喜びのあまり秋月にまで報告をした。

『体力の落ちた冷凝さんに滋養のある薬湯を頼みに来たんでしょ?自慢しにきただなんて』

『自慢し過ぎて薬湯の材料を忘れそうになって…何が私に似て凛々しいだ。アレはどう見ても冷凝に似ている』

長い見事な白髪を震わせ秋月は眉を顰めた。

『そんなにピリピリしないで頂戴』

『秋月様…お呼びですか?遅くなり申し訳ありません…春花殿が月満ちた様だと連絡がありましたが…』

葉顔がやってくると秋月は安堵の表情を浮かべた。

『葉顔、待っていたぞ…こちらへ』

寝所で横になる春花の元へ葉顔を案内する。
先程まで歩き回っていたが秋月により無理やり横にさせられやや不機嫌である。

『春花殿。お久しぶりです…お加減はいかがですか?』

『…葉顔さん…新洞主を呼びつけて…申し訳ないわ。何かあればすぐに呼ぶからしょっちゅう来て貰って。私は有り難いけど。そんなに千月洞を留守にして良いの?いたた…まだ…多分…いた…大丈夫だと思うのだけど』

『いえ、春花殿には命を幾度も救われましたから…』

『命を救われたって…あれはあなた達のお芝居でしょ?目をくり抜くとか殺すとか…悪趣味過ぎるわ』



『…度々庇って頂きました。それに今は秋月様は千月洞全体の相談役として皆に頼られています…それで?今は痛みの間隔は?』

『……』

秋月の配下であった頃の葉顔よりも自信に満ち堂々とした姿は正に洞主然としていた。
しかしその葉顔は義に厚く秋月にかつて救われた恩を忘れていない。それどころか幾度か秋月に責められる葉顔を庇ってきた春花にまで感謝している。それこそが正道の思想ではないかと春花は思っていた。
その逆で蕭白達【正道】の人々にも正邪が分かれた。長生果により本性が炙り出された者達はその我欲により命を落とした。
冷凝の父冷掌門は長年の友であり娘の幼馴染の父親でもある風掌門を殺害した。その罪を傅楼になすりつけ妻の命を優先していた傅楼は弁解もせぬまま結果傅楼は誤った恨みを受けた。
何が正しく、何がそうでないかは本人の持つ心次第である。

葉顔は何かを察知した様に戸を見つめると笑った
『どうかした?』

『いえ…戸の向こうで秋月様が苦しんでいますね…』

『え?』

『たった1人の武芸も出来ぬ女の為に全てを投げ打つなど千月洞の皆も伝奇谷の残党も…正道の者達皆口を揃えて信じられないと申していましたが…私はそう思いません。
秋月様はいつでも春花殿の事を思って貴女が傷付かない様に労っておりました。利用した事も事実かも知れません。けれどそれは付属の様なもの』

『付属?』

『はい。大義名分とでも申しましょうか』

『大義…名分?』

『お分かりになりませんか?私ども配下の者は秋月様の行動の変化を訝り、春花どのに情が移り江湖統一の夢をおざなりにしているのではないかと心配しておりました。その度に秋月様は何かを理由にしてそれに利用している風に見せ情などに溺れる訳はないと仰いました。』

『……それは…』

『…蒲公英の解毒薬も春花殿が仲間達に怪しまれぬ様街中にばら撒いたんです。』

『葉顔さん…でもあの人の意地悪は変わらないわ』

『秋月様は春花殿が可愛くて仕方なかったんです。だから意に染まぬ事で意地悪をしたりしたんですよ…さ、先程より間隔が短くなりましたから…気合いを入れましょう。私は亡き父母よりの教えで医術の心得があります。安心なさってください…』

『ええ…心強いわ…ありがとう』

『葉顔!春花は大丈夫か?あのヤブ医者の李漁が言う言葉は信用できぬ。さっきより顔色が悪い』

戸の向こうで我慢できずとうとう飛び込んできた秋月は春花の額の汗を拭い、その呆れる程の心配に葉顔と春花は目を合わせて笑った

『李漁は医聖に学んだ者ですからヤブではないかと思います。所で秋月様、お湯を沸かして頂けますか?それから清潔な布と昼間から間隔的な痛みがあったのでしたらこの分だとまだ時間がかかります…かなり衰弱するかもしれませんので薬湯も必要です。』

『直ぐに準備する』

そう言って秋月は片手を上げた。

『!!秋月様…功力が?』

『僅かだが少しずつな…昔の様にはいかぬが…』

『それでは千月洞に戻られる日も…』

葉顔は僅かに期待に目を輝かせた。

『…戻るつもりはないしとうに追われた身だ』

『しかし…今は皆秋月様に戻って頂きたい気持ちを持っております。今日も星主達の集まりで皆そう口に…』

『今は葉顔と言う立派な洞主がいる。心配はしておらん』

『……』

『…幸せなんだ…今が。千月洞は言わば故郷だが恋しいとは思わない』

『……』

『それよりも千月洞洞主葉顔らしい形にしていけば良い。もはや千月洞は既に魔教ではない。正道の1つだ』

『はい』

葉顔は深々と頭を下げた。
その夜は秋月にとって一段と長く感じた。春花の身を案じ過ぎて呼吸を忘れ、春花と同じく衰弱する。
無事に大役を終え元気な泣き声が響く。
秋月は立ち上がると音もなく開いた戸の向こうから葉顔が現れた。

『……おめでとうございます…女の子です…本当に美しい』

秋月は例えようもない胸の震えになす術がなかった。これが【感動】するという感覚だと自覚したのは少し後、見舞いに来た秦流風に教えられてからだった。

部屋に入ると春花は力なく横たわる。されど神々しい程の美しさで秋月に微笑んだ。窓から入る雪の光に照らされている。
疲れ切った姿が尚一層引き立てている。
傍には包まれた泣き声の主が乳を欲して顔を動かしている。

『……春花…』

『兄上…どうしたの?あなたが疲れてる…』

『……いや…』

胸がいっぱいで言葉が出てこなかった。

『……どう?綺麗な子でしょ?あなたに似てる』

産声の主は2人で持つ月光の玉【氷蚕珠】の様に美しい。

『……言葉に…ならぬ…春花…どうすれば?』

これまで味わった事のない感情に襲われ戸惑う秋月

『抱いてあげてよ…秋月お父様』

『いや、、それは…』

躊躇する。

『どうして?嬉しくないの?』

『こんな小さくて…壊してしまったらどうする』

『壊れるわけないでしょ。こうやって…そうそう上手よ……ん?どうしたの?』

秋月の様子に気付く春花

『いや…胸が…くる…』

『え?』

『胸が痛む…いや何だこれは…震えてるんだ…』

『ふふ…そうなの?どうしてかしら。葉顔さんに気で治してもらう?それにしても…私も疲れた』

『ああ、もう体を休めてくれ…』

秋月は春花の眠る隣で吾子を抱き暫く眺めていた。
葉顔は戸の向こうからそっと覗く。
春花と秋月の幸福を確かめ、心の底に燻り続ける苦い想いと決別する。
この穏やかで柔らかな心地こそが尊主と慕った秋月の追い求めたものだと、2人の纏う空気に溜飲を下げた。

『秋月様もお疲れのご様子。夜明けまで間もありませんが、暫くは私が見ていますのでお休み下さい…今日は貴重な瞬間に立ち合わせて頂いて…幸せでした。この私が…幸せを感じて良いものかとも思いましたが…幸せでした』

『ああ…あのまだ生まれたばかりの小さき者の力は凄まじい…お前も…もし顧晩がまだ生きていたら今頃は…』

懐かしい名を耳に胸がちくりと鈍く痛む。

『いいえ、もしもはありません。今が全てです…』

『…そうか。では…休むとする…洞は無事かな』

『はい。優秀な配下達が守っておりますので心配に及びません』

『配下を信じる事が出来るお前は私と違って優れた洞主だな』

秋月はふと邸の外に出た。

降り続いた雪はとうに止み、闇夜に星月が浮かんでいる。
月光に反射した雪の光がまるで新しい命の誕生を喜んでいるように見えた。
闇夜に浮かぶ白き蘭の様な月はこの雪に覆われた伝奇谷を照らしていた。

『へえ、それで名前が雪蘭?良い名前だな…にしても意外と浪漫がある…あの上官秋月がね』

後日、積もった雪が溶け出した頃、秦流風と冷凝は2人の間に生まれた清流を連れ、風彩彩と李漁と共に見舞いにはるばるやって来た

『良い名前でしょう?』

春花は笑った

『春の花に秋の月…冬の雪とくれば次は夏の焔かな…』

『気が早すぎるわあんな苦しみ、そう何度もはね…』

『本当に男どもは頭がどうかしている。呑気に次の話とはな。女子の苦しみなど分からずに好きな事ばかり』

冷凝は夫の流風を睨む。
李漁は秋月と奥で話し込んでいた。

『あ、李漁殿は話が終わったかな…見てこよう』

己の失言により居た堪れなくなった流風が奥へと逃げていく。

『何だあれは…して、彩彩。婚儀はいつ?』

『ああ、余り派手にはせずに身内だけでと思って…』

『まあ、結婚が?李漁さんと?それはおめでとう』

『でも、風掌門の一人娘の婚儀はそんなに軽く考えては…』

『蕭白盟主からもきちんとするようにと…でも…盟主を差し置いて私達ばかりが…』

『…あの…蕭白は元気なの?』

『ええ…身体はね。でもまだ…』

冷凝と彩彩は目を見合わせた。
春花が痕を付けた蕭白の心は未だ晴れてはいない事を悟る。

『アレから何年も経つのにまだ春花を忘れてないのか?しつこい男だ白盟主様は』

『上官秋月!』
冷凝は声の主を睨むが秋月は全く気にも留めずに春花の隣に座る。

『白盟主は…初めて愛するという感情を知って、それを喪失する痛みも知ったの…簡単ではないでしょう』

風彩彩が答えた。

『…失恋に効く薬はある』

秋月に続き戻ってきた秦流風が口にする。
並んでやってきた李漁は驚いた

『流風どのそんな薬が?医聖の書にはそんなものはなかったが…今恋煩いについては少し聞き及んだが…』

『恋煩い?誰が恋煩いで?』
風彩彩は李漁に質問する。
秋月は李漁を一瞥し平然と宣う。

『失恋に効く薬は…新しい女子だ…李漁殿はまだまだ若いな。だろう?流風』

秋月は李漁に無知への嘲笑を見せ焦った流風は扇子で顔を隠した。
途端に李漁は不機嫌になる。

『医聖の元で修行を積み、もう少し学べばそれも会得できたかと…』

大真面目な答えに秋月は彩彩と似合いだと納得した。

『流石上官秋月ね?さぞかし何度もその薬を試したのかしら?新しい女子薬ってやつ?』

春花は苛立ちと共に即座に嫌味を放つ
『私には必要ない。失恋の経験がないからな…それに女子は春花しか知らなくて良い』

春花の弁を上回る口上に流風は感心する。

『歯の浮く言葉を軽々と…そうやって人々を惑わしたんだな?』

冷凝は眉を顰めた。
流風は場の空気を変えようと扇子を開いた

『まあまあ、しかし実際そう思い至って私の父が色んな良家の子女をと進言するもみな断るのだ…どうしたものかと掌門達は考えあぐねいている…』

『…運命の人に出会えたら…蕭白も変わるわきっと』

春花と秋月は示し合わずして目を合わせ笑った。
それを目にし秦流風は溜息を吐く。

『で?李漁の話はなんだったんだ?解決したのか?』

冷凝が風彩彩に問うが彩彩は生まれたばかりの赤子雪蘭に夢中である。
代わりに秋月が答えた

『ああ、千月洞にしかない薬を譲って貰いたいと…葉顔は恐らく承諾するだろう。此処にあるものも使えるなら持ち出せば良い』

『葉顔…確か流風の従妹殿か?』

冷凝は一度秦流風と町を捜査していた際に現れた葉顔を思い出した。

『新しい洞主は私より人らしい心がある。元が正道の気質だからな…使いを送るが後はそちらでやり取りしてくれ。仲介は性に合わない』

それは秋月なりの葉顔への餞である。
これから新しい繋がりができる事で千月洞を江湖にて盤石なものとなれば良い。
秦流風は彩彩が抱く子を覗き込む。

『所でこの美しい赤子は一体誰に似たんだ?』

『どう考えても私だろう?泣き顔まで美しい。泣き顔が醜いものは目も当てられぬからな』

かつて、蕭白との仲を邪魔ばかりする秋月に醜いから泣くなと言われた事を思い出し春花は秋月に怒りの視線を向けた。
秋月はそれもまた愛しくなる。

『また!そんな意地の悪い事を!わざとからかったの?』
秋月は憤怒する春花を見て笑っていた。
周囲は驚くが誰も触れなかった。

『2人にしか分からぬ話をしないでくれ… うちの息子は誰が見ても父親似だ。もしかして幼馴染になるやも知れぬな』

『いや、どう見ても母親似だろう。秦流風に似ていたらこんなに聡明な面立ちはしていない』

秋月の言葉に吹き出したのは冷凝だった。

『今日、実は妻には止められたが本当は蕭白盟主も誘ってみた…当然正道と魔教で争った仲だ、蟠りもあるが今はもうそんな時代ではない。水に流す事も未来の子達には必要だ』

『私はまだ早いと言ったんだが…どうしてもと…結局盟主は忙しくて時間がとれず…これ、蕭白盟主からの祝いだ』

春花と秋月の前に包みが置かれた

『………』

秋月は無言で包みを見つめる。

『あ、ありがとう…喜んで頂戴いたします』
春花の笑顔に一瞬凍りついた空気は和んだ。

『…上官秋月。私や彩彩はやはりまだ許せぬ部分もある。だがしかし、どんなきっかけを与えてもそれに乗じたのは父上達だ。いつ何時も義を重んじるという掟を父上達は我欲にそれを押し込めたのだ。恨みもしたが、誠の正道とはかけ離れてしまったのだ…それを思えば、無実の傅楼夫妻を死に追いやった事も含めて…魔教のせいばかりではないと思っている』

『…冷さん』

『私も…そう思います。父を罪人にしたと憎みもしましたがどんな理由があれ動きの封じられた医聖に掌打を与えて結果的に死に至らしめたのは父上の罪ですから…私はそれを人々を救う事で贖罪したいと思います。医聖の弟子である李漁殿がその道を私に示してくれた。』

『いえ。私は…』

『李漁殿は単に彩彩と一緒に居たかっただけだろう』

『今じゃなくてもいつか…』
春花が呟く

『ん?』

『固く凍った氷も春になっていつか解け出すわ。ゆっくりで良い。蕭白の心がいつか…和らぐ日がくればその時に…』

『そうですね。蕭白盟主はまだまだお忙しい。西に東に飛び回っているからもう少し後でも良いでしょう』

かつて想いを寄せた蕭白から、潔く身を引いた風彩彩は呟いた。


その後3へつづく


※雪蘭はシュェランと読みます^_^