adore you 9 | **arcano**・・・秘密ブログ

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韓流、華流ドラマその後二次小説、日本人が書く韓流ドラマ風小説など。オリジナルも少々。
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閑静な住宅街の風景から脱出したのは奇妙な4人の茶会も半ば強引な展開だった。 

「旦那様がお帰りです。」

とシゲさんが焦った様子で伝えてくれ、窓の外を確かめると、正面のゲートを通過し石畳でできたロータリーを高級車がゆっくりと進入していた。
「今日は帰らないんじゃなかったのかよ…」

修二はごく自然に父親への嫌悪の情を吐露した。明らかな表情とともに。
それは長年の親子の関わりの希薄さを表していた。兄弟の絆と真逆に父子の関係は極めて脆弱であるようだった。

現に、再会した兄であるリョウを見つけた時の修二の表情は、たった今父親帰還の瞬間の暗闇の様な視線とは打って変わって羨望と歓喜と興奮に満ち溢れていた。

「仕方ない。昔からあの男は変な勘だけは良かったからな。。じゃあ、俺とめぐは帰るよ」

そう言うといつもより強く私の手を握りしめた。

「兄さん…裏からでるならシゲさんに開けて貰うから」

「いや、来たとこから帰るよ…別に…悪い事したわけじゃ無い」
弟の提案にも笑顔を見せた。
そうして、堂々と正面から出て行った。

彼らの父親とは丁度玄関から出る時に遭遇したが、互いにチラリと一瞥し合うだけで何も語る事はなかった。

「どうした?」

「ううん…なんでも…ただ、、」
このまま通り過ぎる事に釈然としないものがあった。
自分自身、家族仲の良い家庭環境だから感じる違和感だろうが、親子間の冷たい空気に堪え切れなくなったその時

「稜一…」

振り向くと、背を向けていた筈の父親がこちらを向いていた。

「あぁ、何?」

リョウの氷のような視線を初めて目の当たりにする。
父親に対する敵対の感情は愛情の裏返しにも思えた。愛故にそれ程までに彼は幼い頃深く傷付いたのだろう。

「おまえは何をやってる?修二に何もかも背負わせる気か?婚約者のカナさんはどうした?」
隣にいる私に牽制する父親の言葉。

「……修二は立派だよ、あなたの後継としても人間としても。俺どころか父親以上だ」

「……まだまだ子供だ。修二には荷が重すぎるのが分からないか?」

「やっぱりわざとなんだな…まだ未熟な修二に役を着せる事で俺が動くと思ったら大間違いだ。何が荷だよ、、会社や社員は荷物じゃない」

リョウの言葉に父親は眉一つ動かさなかった。

「ふん、、父親の揚げ足を取るくらいは出来るようになったな…バーテンダーの見習いも役に立ってるのか?」

目尻のシワを一層深め、意味ありげに笑みを浮かべた。何もかも掌握している者の自信。
そしてほんの僅か視線を移し私に冷ややかな目を向けもう一度リョウを見つめて溜息混じりに吐き捨てた。

「遊びもそろそろ終わりにしろ…迷惑をかけないようにな。岸本にも話をしておくように」

「な…マスターの名前まで…調べたのか?まぁ、我が子でも捨て駒だ。なんでもお見通しなんだな…別に俺は逃げも隠れもしない。もし、未だ後継者と思って話をしているなら諦めてもらいたい。貴方の思う通りに生きるつもりはない」

「岸本は……後輩だ。以前に家を出たお前を拾ったと連絡を貰っていたんでな…近い内に役員の改変がある…お前も出席するように。役員にはお前の名前も入れてある」

遊びを終わりにしろ。と言う言葉はおそらく、息子の隣にいた私に対して言及した言葉だろうと容易に想像できた。

「マスターが…後輩??そんな事一言も…それより、役員の改変??この時期に?」

「…まぁ社内の清掃はたまにはしないとな…職場は美しくあるべきだ。そう思いますよね?お嬢さん…確か西山旋さん?」

「!!」

「な、めぐの名前まで?なんで…」

「いや何、杉原副社長は私の大学からの友人だ。君は一馬君と婚約していたね?」

「……はい」

「ちょ、なんでそこまで…」

「我が家にも我が社にもクリーンを心掛けている」

私が社の埃と言いたいのは考えずとも分かる。

「あぁ、はい。そうですね。職場は美しくあって然るべきと思います」

含んだような笑みで此方を見つめる

「私はね、塵ひとつ一つの傷もない会社のまま息子に渡したいんでね…」

「……分かります。深い愛情ですね」

「………」

「ほお、お嬢さんには理解できていると?これは素晴らしい。できたお嬢さんだな」

「とにかく!会社は修二が継げばいい。けどそれも本人の意思を聞いてくれ。どうしたいか。俺も修二も…自分の人生は自分で歩くつもりだ…結婚も。俺はめぐ以外とは人生を共にする気ないから」

「………ふん、、勝手は許さん」

「別に…貴方に許してもらうつもりもない。さ、めぐ。行こう」

リョウは話の間も繋がっていた手を引いてさっさと歩き始めた。

「あの…失礼します」

張り詰めた空気か、それとも季節的なものか、北からの風が3人に容赦なく吹き付けた。

豪奢な立派すぎる門はそれにしても侘しささえ醸した。家族を守る為のそれは散り散りになった親子兄弟を再び隔てた。

まるで異世界の門から出て、解放された気分になる。

「………」

「………」

暫く無言が続いた。繋がれた手は未だ離されず寒空にリョウの体温が流れ込むのを感じていた。

「………」

少し歩くと小高い丘陵にある公園に着いた

「??」

迷わず歩みを進めるリョウに繋がれた私はそのまま付き従う。
奥に向かうと展望塔がある。

小さな階段を登りつめた先に眼前に広がるのは閑静な住宅街の向こうの光の粒だった。

2人は無言で夜景の海に向いて置かれたベンチに腰掛けた。

「……あの……」

「どうしたの?」

「いや…ごめん。なんか…嫌な気分にさせて。それと…」

「うん」

「あいつに言ったことは本気だから…ずっと一緒にいて欲しい。」

「………」 

「だから…俺を諦めるとか言うな…」

「………」

私はリョウの言葉を聞きながら、広がる街の明かり達を見つめた。そして、あの夏の終わりに、夕暮れの公園で一馬とずっと一緒にいようと約束した事を思い出していた。
ほんの子供だった私と一馬もそれでもあの誓いは本当の気持ちだったと思いたい。

「……私達…このままでいた方が良いんじゃないかな」

「え?」

「………うん、同じ事を言った人がいたの、、」

「え、あ。もしかして…」

「うん。で、私はそれを信じたの…本気で信じてた。今も振り切ったけど何処かで信じてる。これはもう癖みたいなものよ初恋だったし…でも結局どうなった?」

「………」

「あれだけ死ぬほど辛かったのに…また一度でもあんな目に遭ったら私…生きていけない…耐えられる自信がないわ。
だから、今の内に…終わりにしたい。リョウを信用してない訳じゃなくて…好きだと思う。あんなに辛かった日もあなたの存在に救われたしもっと深く知り合いたい…
でも、ある所で私の心が自動的にシャッターが降りてくる。きっと傷つくのが怖くて防御装置がオプションされたんだと思う…だから…この先誰かと歩いていくなんてまだイメージ湧かないの。好きでも無理なんだ…」

「俺は諦めない。だったら余計にめぐの傍にいる。1日、1日を共に出来ればいい。そうすればいつのまにか一緒に人生を歩んでることになるだろ?それに敢えて比較してもらって良いから…俺はあいつとは違う」

「……なんだか…さっきとは別人みたい。言ってる事も好きでいる資格がないって泣いてたのに」

「泣いてない!元々はこうだよ。ただ、断られたり拒否されるのには慣れてない。だから無理なんて言葉俺には無効」

「驚いた。全く同じ台詞をさっき聞いたわ。兄弟って似るのね…」

「修二が?めぐにそんな事言った??あいつめぐに迫りすぎだろ。さっきだって俺が助けに入らなければキスされそうだったし…油断するなよ」

「……ごめん。油断してたわけじゃないけど…弟みたいでちょっと警戒心薄れてたかも。助かったわ。それにしても、強い兄弟愛で良かったわ。結局はお互いにお互いの為に動いていたんだし…仲良しなのね」

「ふん……まぁそれで良いよ。俺が弟に持っていた負い目も、あいつからしたら余計な情けでしかないか…で?めぐは俺を手放す?」

目の前の景色は煌めいている。吐く息が白く上昇しては闇に消えた。

「………分からない…頭では信じたいし、この手を離すなんて…それも出来そうにないかも…」

ずっと繋ぎっ放しの2人の手を見る。
顔を上げるとリョウは何とも言えぬ優しい顔で私を見つめていた。

「うん…今はそれでいい。いいから…少しずつ信じさせるから…あの時手放さなくてよかったって言わせるからな」

そのまま、腕を引き胸に抱き寄せた。

「………ありがとう」

「ありがとうって?なんか変だな。まぁいいけど。俺は幸せになってはいけないと決めつけて生きてきた。なのに初めてどうしても幸せにしたい相手が幸せに近付くのが怖いメグ。なかなかのすれ違いだな」

リョウの腕の中は温かかった。

「うん…そう…だね」

「あのさ、、今からシャリフだけど…マスターと話すよ。なんか…話をしないといけない気がする。あの人とは…」

「うん。」

それから2人はシャリフに向かった。

マスターはいつも通りの場所でグラスを磨き上げていた。私達に気付くとやや硬い表情で笑った。

「すいません。マスター。今入ります…めぐ、着替えるから…座ってて」

リョウは奥へと消えた。

「あぁ、、めぐるさんも…いらっしゃい…」

「こんばんは…」

「……どうかしましたか?浮かない顔して…」

「いえ、、私は…別に…」

「マスター。。すみません。あの…父親と知り合いだったって本当ですか?」

「あぁ、、、さっき君のお父さんから連絡があったよ。。」

「……へぇ…だったら、俺を拾ったのも父親に頼まれて?ですか?」

「いや、、君を見つけたのは偶然だ…君と会わなくなって10年以上経っていたがすぐに分かったから…」

「え?」

「小さい頃はよく会っていたよ…君はお母さんに似ているから…だからすぐに分かったよ。。連絡して、私に面倒を見させてほしいと頼んだんだ…」

「じゃあ、別に裏で手を回されたわけじゃないって事か…」 
リョウは小さく呟いた。

「めぐるさん、、お任せで良いかな」
マスターはリョウのつぶやきが聞こえていないようだった。

「あ、はい。勿論…あの…リョウ。私1つ疑問だったんだけど…お父様…社長交代の件なぜ急に?会社の役員もそうだし性急すぎない?」

「あぁ、たしかに…でも別に自分の都合なんじゃないか?いつだってそうだったし…」

「………はい…どうぞ。」

「わ、、綺麗な色。。これは?」

リョウに答えを促すと、咳払いをしながら説明をくれた

「キールです。白ワインとカシスのリキュールを使っております…最高の巡り会いという意味があるカクテルです」
得意げに説明した。

「うん…美味しい…最高の巡り会いね……。でも、お父様…何かあるんじゃないかな。どことなく焦っていたようだし」

「焦りって…あぁ、でも確かに今会社は内部が混乱しているようだと耳にしてるけど…」

「誰に聞くのよそんな話…私でも知らないのに…」

「いつの時代の殿様にも隠密はいるだろ?」

「隠密って…スパイ?」

「まぁ、そんな大袈裟なもんじゃない。たまにお客さんが話してたりするんだ…」

「でも、確かに今日見たら少し痩せてたな。疲れたから辞めたいんじゃないか」

私達の会話を静かに聞いていたマスターが小さく息を吐いた。

「リョウ…お父さんは…ご病気だ。。」

「え?」

「病気って?マスター何か知ってるんです?」

「あぁ、、、君に必ず会社をしっかりとした状態で盤石にして渡すと…約束だからね」

リョウの父親も似たような事を言っていた。【塵一つ埃一つない状態で息子に渡す】と

「???」

「義兄さんは…私の代わりに会社を大きくしてくれたんだよ…」

「え?に、義兄さん?マスターの義兄さんって。。」 

「あぁ、私が10年以上見てない君を一目でわかったのは…優しくて美しかった自慢の姉にそっくりだったからだよ」

「……え…」

「すまない…騙していた訳じゃない。ただ、言えなかった。言うタイミングを逃したままここまできてしまったんだ。」

「マスター…じゃあ、あの会社は」

「本当はあの会社は私の父が起こした会社だ。つまりは君の母方の祖父が創業した。
私が継ぐのを嫌がって家出したんだ。君のようにな。それで姉の夫である義兄が継いでくれたんだ。その時の約束が、必ず良い状態で稜一に渡すという事だった…姉さんが産後の状態が良くなくて回復せぬまま亡くなった時…まだ生きていた僕らの父、つまりは君の祖父が言ったんだ。お前と結婚させたせいで娘は死んだと。
孫から母親を奪ったからには責任持って会社を守り良い状態で傷もつけずに渡すように…」

「そんな…亡くなったのはお父様のせいじゃないのに…」
あのどこか異様な程【万全な形で会社を次代に繋ぐ】使命に帯びた目、殺気立っていた根底にはそんな事実があったとは夢にも思わなかった。

「あぁ、だが父も又娘を亡くして光を失った状態だったから…だが義兄さんは死にものぐるいだったよ…元々は研究者で大学に残っていたからね…畑違いもいいところだが当時の仲間が一緒に入社して盛り立てたんだ……妻を出産で亡くした義兄さん忘れ形見の稜一が余りに姉さんに似ていて、成長の度に喜びと辛さを心に隠していた。
みんなは義兄さんには支えが必要だと誰かと再婚させようと躍起になってた。稜一には母親が必要だと説得してね。だが義兄さんの心にはずっと姉さんしかいなかった…だから愛せない事を条件に息子の母親になってくれる人ならと説得に応じた」

「それって…」

「ああ、修二の母親だよ。彼女は義兄さんが大学生の頃に家庭教師をしていた子らしかった。偶然再会して初恋の憧れの人が再婚相手を探していたんだ、恐らく迷わず手を挙げたんだろう。
いつか振り向いてくれる日を夢見て。だが相手にはずっと心に棲む亡き妻がいる…義兄さんも不器用過ぎた…少しずつ向き合おうとした時にはもう若い彼女は病んでいた…タイミング悪くなのか運命の悪戯か義兄さんはモテたからね。
信頼していた秘書が修二君のお母さんからの電話をことごとく拒否していたらしい…時には自分と社長は良い仲だと吹聴したそうだ。絶望した彼女は自ら命を…」

「そんなの酷すぎる…」

誰かの悪意が誰かの生きる気力を奪う。
その罪深さは計り知れない。

「確かに耳で聞くだけでは酷いだろうけど…酷くてもなんでも…人生は上手く操縦できないものだ。人の気持ちもそう。完璧な人間などいない。義兄さんもそれに漏れずだ。」

「……そう…ですね。私だって完璧じゃない。弱いし…誰かに救ってもらいたいって思う瞬間もあったし。それは分かります」

「…先日、彼の側近から聞いたのは会議の最中に倒れたらしい…精密検査の結果、心臓がかなり弱っていると。文字通り命を削って会社を守ってきたが、稜一もここで耳にした不穏な動きは全て把握している。一掃するつもりで世代交代を図ろうとしているんだろう……未熟な修二を人柱にすれば稜一が仕方なくでも戻ると踏んだんだ。
今、めぐるさんに作ったキールは…義兄さんと姉さんの事だ。2人にとって最高の巡り会い。だが他の誰かにとってもそうとは…限らない」

「………」

「父親を許せない気持ちはわかる。稜一の立場になれば当然だし、寂しさを抱えて育ったのも想像できる。それは修二君も…だが、人一倍不器用に亡き妻の気持ちに応えようと生きてきた義兄さんを私は悪いとは思えない…そして、修二君の母親の事も何も思っていないとは考えられない。愛ではなかったかもしれないが彼なりに大事にしていたと…そう思う。」

「…………」

「…明日の朝…君に会社に来るようにお父さんからの伝言だ。。大切な発表があると言うから…向き合うも向き合わないも自分で選択しなさい。
でないと後悔するからな…そういう意味でも君のお父さんの人生はいつ【自分】を生きたんだろうね…姉さんの身内としては申し訳ない気もするんだよ」

マスターは寂しげな表情を見せた。

「………」

「リョウ…大丈夫?私…」

「あぁ、大丈夫だ…」

鞄の底で鳴り響く携帯に気づく。

「あ、、、え?……」

一馬からだった

暫く鳴り続けるのをぼんやりと眺めた。

「何?一馬?」

リョウは冷たい視線を携帯にぶつける。

「あ、ええ…」

「話があるから掛けてきたんだろ?取れよ」

「…今更なんの話があって…必要ないわ」

「……後から、あの時なにを言いたかったんだろうなんて思われるくらいなら出てもらった方が俺は良いけど…めぐの中に奴をいつまでも置いておくつもりもないし」

「…分かった。又掛かってきたら取るわ…」

そう言った瞬間に再度着信がはいる。
リョウは電話に出るよう促した。

気が進まない中でもいつかきちんと向き合って断ち切る瞬間が必要だと受話ボタンを押した。

「……もしもし?」

立ち上がると店の外へ向かった。

「めぐる?」

懐かしい一馬の声だった。
一瞬胸が痛くなる。
たった一言、名前を呼ばれただけで苦しい。

「…う、うん…どうしたの?」

「いや…何となく声が聞きたくて…」

「一馬…どうしたの?なんだか元気ないけど…」

「そんな事ないさ。最近ずっと避けられてた君とやっと話ができてるんだから元気だよ。あ、そうだ…もうすぐ、遠くに行く事になったんだ。だからお別れに…」

「え?転勤?そんな辞令出てなかったわよ?」

「ああ、自分で志願したんだよ。まだ辞令は出てないと思う。今準備中なんだ。そんな事より、めぐるは今幸せか?例の…バーの見習い君とはうまくいってる?」

「………うん。幸せ…かな」

「そうか……だったら…いいんだ。」

「一馬?どうしたの?泣いてるの?気分でも悪いの?」

「はは。。大丈夫だ。疲れかな…それと意外と現実を目の当たりにするとショックだなって感じだ。でも、大丈夫。俺はどこに行ってもモテるからな。」

「あらそ?良かったわ。っていうか結衣も一緒でしょ?」

「あぁ、そのつもり。けど、彼女はここを離れたくないらしい」

「2人で話し合って決めたらいいじゃない」

「あぁ。あ、めぐる。最後に…もう一度」

「え?」

「最後にもう一度、名前を呼んでくれないか?」

「名前?って一馬?」

「もっと、可愛く」

「は?ふざけてんの?」

「あはは。ふざけてない。。ごめん…じゃ、も……う。行かないと……幸せにな」

「一馬?一馬!?ねぇ、貴方どこに…」

「愛…てる」

「え?一馬?」

「ありがとう…元気で」

一方的に切断された電話を暫く眺めた。
何故か妙に胸騒ぎを覚えた。

「あいつ…なんて?」

背後からの声に思わず飛び上がる。

「わ!リョウ…何やってるの。仕事中でしょ?」

「あぁ、、仕事だったけど、、今日はもう帰れって。ゆっくり考えて明日の事決めろだって…マスターが」

「マスター…叔父さんだったんだね」

「あぁ、、びっくりしたよ……まさか身内なんて…それより一馬はなんて?」

「…うん…遠くに行くから元気でって…結衣と一緒に行くみたいだけど…そんな辞令見てないし、、」

「別れの挨拶か…」

言葉に首を傾げる私を背後から包む。 

「寒いだろ?コートの中なら暖かい?」

「うん…リョウの胸があったかい。。」

向き直るとリョウの胸に顔を埋めた。

「公衆の面前だけど…」

「うん良いの。ちょっとだけ…このまま…」

「良いよ……一馬思い出しちゃったか?」

「思い出しはしないけど…何だろう…」

言い知れない不安が足元に広がるのを無意識に遠ざけようとしていた。

リョウは何も言わずただ真冬の木枯らしから私をひたすら守ってくれた。月明かりが雲の切れ間から優しく2人を照らしていた。

adore you10へつづく