束の間、机上の家族写真を眺めながらシンは一息ついていた。
コン内官が声を掛ける寸前迄脳裏に影が蠢くのを何の予感だろうかと考えあぐねいていた。コレはチェギョンの危機の際に起きるサインの様なもので、神の啓示にも思える。【嫌な予感】はこれまで大抵当たってきた。
陰謀に巻き込まれそうな時、現代から彼女の存在が一時的に消える前。脳裏に黒い霞がかかるのだ。
『ん、なんだ内官。一息ついていたから大丈夫だ。私からも聞きたい事がある』
『はっ、何かございましたか?』
『ああ、ホテルゼウスでの式典だが…警備はどんな様子だ?』
『はい。ホテルゼウス側の警備と併せてこちら側からの警備も強化して参ります。配置としてはこのように…警備のイギサ長と共に拝見しましたが非常にしっかり構成されておりイギサ長もこれならという話です』
『ああ、警備の配置は先日ホテルゼウスの社長とは話を付けたからな。チェギョンの周りはどうなってる?』
『皇后様ですか?通常よりも3名増やしております』
『先日届いた脅迫文は?』
『はい。解析を進めておりますが犯人の手掛かりとなる物は何も…』
『……では午後からの私の予定は?』
『陛下は本日、新しくできた帝国大学の視察となっております…数年前に閉鎖した国立医科大学を帝国グループが働き掛け、復興し今や様々な企業が協力し事業が成功しているもので、今回はその視察です。あぁ、そう言えば帝国グループの副社長はホテルゼウスの社長とはご学友とか…副社長の奥様は皇后様の催しに参加するとの事ですが』
『……ふむ…不可思議な偶然や奇跡めいた縁が重なるのは何かの知らせかも知れぬ。視察の時間を早める事はできるか?』
『はっ…調整いたします。』
『で?内官の話はなんだ?』
『はい。。私の考え過ぎかも知れませんが…先日から皇后様の食欲が些か減っており、、体調優れぬのではないかと…』
『尚宮はなんと?』
『はい、尚宮は皇后様は時折そのような時期があると。ただもしかすると…その…』
『なんだ!?内官。ハッキリ申してみよ』
『はい…皇后様は…』
『怖ながら申し上げます!内官様、よろしいでしょうか?』
カン内官が核心に触れようとしたその瞬間、背後に控えたイギサから至急の連絡が入った。
内官は困惑した表情を浮かべた。
『どうした?何かあったか?』
『いえ、、あの…両陛下にお会いしたい方が…』
『内官!!久しぶり!ってあれから何年かな。老けたねー。あ!お祖父さ…いや、皇帝陛下!』
『ヨンジン!?ヨナか?』
時空を旅してきた孫が再び現れ普段冷静なシンも慌てる。
『お祖父さ、いや皇帝陛下お元気そうで!』
『お前1人か?どうしたんだ突然…あ、、内官。すまぬが茶をここへ…』
『は、、承知いたしました』
『いやぁ、参ったよ。お祖父様…ごめんねまた来てしまった。1人じゃないよ。でも僕の内官はちょっと…はぐれちゃって…』
『はぐれた?宮廷内か?』
『うん、、内官と…もう1人。ちょっと冒険心強めで…僕たちの秘密がバレてしまって…』
『……』
『で、どうしても…その…お祖父様とお祖母様に会いたいって、、』
『……皇太子のお前が断れない相手か…』
『……えっと、、それはその…守秘義務で…言えなくて…大学の試薬を使ってまで…』
未来を変える恐れがある為、時空間の往来には厳しい規定がある。
『しかしこう何度も時空間を行き来するのは危険であろう?』
ヨナは実はシンとチェギョンの孫に当たる。祖母の血を色濃く継いだ冒険心の塊で側近のカンと共に未来から来た若者達だった。チェギョンにはこの事実は知らされないままである。
『うん、、結局僕の名前も本名は言えないし。内官ももう1人も何一つ情報は言えないけど…ただ今回はちょっとヤボ用っていうか。。』
『ヤボ用?どうせそれも内緒であろう?で?もう1人はなんと申す?』
『えっと…ユソン』
『ユソン?流れ星か…お前達は突然時間を流れてやってくる。上手いこと名づけたな』
その頃、宮廷内の庭先で花を摘むチェギョンの姿があった。
『皇后様、まだ朝露が残って、足元滑りやすくなっておりますゆえ…』
『尚宮!わかってる。でも朝から気分が優れなくて…何かしていないと…そうあれもこれもダメって言われたら…』
『気が滅入っちゃう!でしょ?』
『え??』
チェギョンの言葉を代理で叫ぶ声にチェギョンも尚宮も驚く。
尚宮は咄嗟にチェギョンの前に立つとその身全身で威嚇しているようだった。
『誰だ!?』
『……』
『答えよ!そなた…此処が誰の庭であるか知っての事か?』
尚宮は鋭い視線で威嚇する。
チェギョンは尚宮の殺気に逆に冷静になる。
『尚宮、そう威嚇すると答えられる筈がないでしょ』
『皇后陛下…しかし…』
すると反対の草むらからガサガサと草木が揺れる。
風で動くにしては異様である。
『まだ誰かいるのか?!衛兵は何をしている!』
『尚宮さん、、すみません。僕です…チェギョン様…お久しぶりです』
『え!?カン君?』
現れたのはかつて宮を追われたチェギョンがマカオにて仲良くした同僚の1人カンであった。
『その節はどうもお世話になり…お騒がせして申し訳ありません。その者はユソン。私どもの友人です』
『ユソンさん?まぁ素敵な名前ね…こちらに来てお茶でもどう?』
『あ、いえ…ヨナが何処かに行ってしまって…』
『まぁ!ヨナもいるの?以前は結局お別れの挨拶もできなかったから会いたいわ久しぶりに。ねえ尚宮。あ、そうだ。今日は私の開催するガラパーティーがあるの。貴方方も是非来れない?』
『え?』
『皇后様…それは。警備の事もございますし勝手に決められては…』
『何言ってるの。ヨナとカンはマカオで随分と助けて貰ったじゃない!さぁ。忙しいわ…2人の準備もしてあげて。あとヨナもいるわよね。どこ行ったのかしら…』
半ば尚宮の反対を無理やり押し切るチェギョン。
『此処だよ!チェギョン!』
『ヨナ!』
『皇后陛下!走ってはなりません!』
『ヨン殿下、、いやヨナ!走ってはなりません!』
現れた友との再会。思わず駆け寄る。
カンは思わず主の名を呼び慌てて口を手で塞いだ。
『チェギョン!元気か?』
ヨナはチェギョンを抱きしめようと両手を広げた
『おい!調子に乗るなよ、ヨナ。それから久しいなカン』
駆け出すヨナの襟首を捕まえ、ヨナ目掛けて駆け寄るチェギョンを代わりに抱きとめ妻を睨みつけるシンの登場にその場の空気は凍りついた。
『こ、皇帝陛下様…ご無礼申し訳ございません』
ヨナの内官であるカンは雲の上の存在が突如登場し咄嗟にひざまづいた。
『うぇ チ、チェギョンに、、挨拶したかっただけな…のに…おじ、、いや皇帝陛下…ぐるじい』
掴んだ襟首を更に引き上げる。
『ふん。誰がチェギョンと?皇后陛下と呼べ。チェギョンの名を呼ぶのは夫にしか許されぬ』
『相変わらずケチくさ…』
『何?』
『い、いえ。すみません…』
『で、次はチェギョン。夫以外の男の元へ駆け寄るとは…何事だ?』
シンはこれまで以上に冷たい視線をチェギョンに向けた。
『ご、ごめ…だってヨナだから…その、嬉しくてつい…』
『嬉しい?夫以外の男と会うのが嬉しい??』
『そういう事じゃないでしょ!なんなヨナは弟に似てて憎めないっていうか、、、分かるでしょ?』
勿論チェギョンの血を色濃く継ぐヨナである。弟チェジュンに似ているのも不思議はない話でそれに親近感を感じるチェギョンをシンにも理解はできる。だが男としてはやはり許せないのである。
『ん?その者がユソンか?』
少女は呆然と立ちすくんでいた。
ヨナとのやりとり、チェギョンへの嫉妬。それらを目の当たりにして驚いた様だった。
『はい…』
『長い旅路だったろう…ゆっくりするが良い…』
『あ、、は、はい』
少女はおずとしながらも答えた。
『ねえ、シン君今日のパーティーにヨナ達も一緒に連れて行って良い?』
『……』
『ねえ!シン君!』
シンはチェギョンをわざと無視する。
『良いでしょ?ねえ!シン君!』
『……あー、分かった。その代わり本当に気をつけてくれ。くれぐれもな』
『くれぐれもって…何かあった?どうしたの?』
『黙っていても仕方ないか。ホテルゼウスに脅迫状が届いた。警備はしっかりしているが100%じゃない。』
『あ、あの事件?ほら、、ユソン…』
『ヨナ!それ以上は話してはなりません』
カンは時間を旅する規則を忘れがちな主を嗜めた。
『あ、そうか。。分かった皇帝陛下。それじゃあ僕たちが皇后陛下を守るってのはどうかな?人手は多い方が良いだろ?』
『…………仕方ない。だがヨナ、お前の命も大事だからな…カン。どうする?』
『はっ、ヨナは一度決めたら曲げませんので…従うしかないかと…』
『バラバラで動かれて注意散漫になるよりはまとまっていてくれた方が良いか…ではその様に』
『せっかく遊びに来てくれたのに…ごめんなさいね…シン君の心配のしすぎと思うんだけど…いつもこう』
『妻の心配をして何が悪いんだ!お前はいつも心配ばかりかけて…』
『また始まった2人のじゃれあい』
『信じられない…皇帝陛下が皇后様に…嫉妬したり?本当にびっくり…』
『ユソン?』
『この目で見ても信じられない…』
ヨナ同様に何処か懐かしさのある少女は目の前で繰り広げられている高貴な人々のやりとりに目を丸くしていた。
天空を統ばる者3へつづく