お芝居につけ音楽につけ、「神様に愛されている」ひとってやっぱりいて、それは売れる売れないではなく「せざるを得ない」巡り合わせを持っている人なのではないだろうか。
僕がお芝居を始めたきっかけも偶然だったし、割と周りでこの歳になるまで役者であり続けているひとも、そもそもお芝居を(役者を)やりたかったわけではない人が多い。
逆に役者志望だった人が裏にまわっちゃったりしてね。
多分ね、ステージには神様がいて、スポットライトを浴びる資格のあるなしを選んでるんですな。
別に僕が選ばれているからどうこう、というわけではないです。
むしろ因果なことと辟易しているくらいで=3
今レッスンを持っている子たちは何人が愛されるんだろうか。
五年十年経ったあと、何人が同じ夢を見ているのだろうか。
そんな事をちょっと考えた、たわしくんち最後の夜。
なのに終電のがしてもうた(泣)
僕がお芝居を始めたきっかけも偶然だったし、割と周りでこの歳になるまで役者であり続けているひとも、そもそもお芝居を(役者を)やりたかったわけではない人が多い。
逆に役者志望だった人が裏にまわっちゃったりしてね。
多分ね、ステージには神様がいて、スポットライトを浴びる資格のあるなしを選んでるんですな。
別に僕が選ばれているからどうこう、というわけではないです。
むしろ因果なことと辟易しているくらいで=3
今レッスンを持っている子たちは何人が愛されるんだろうか。
五年十年経ったあと、何人が同じ夢を見ているのだろうか。
そんな事をちょっと考えた、たわしくんち最後の夜。
なのに終電のがしてもうた(泣)