台本を書いていて困っちゃうことは、ついついクライマックスを書きたくなってしまうこと。
椎名で音楽を聞いていると、エキサイティングな曲に会わせてあんな台詞やこんな殺陣、色々思い浮かんでしまうのである。
だからと言っても僕は「演劇」をする「役者」で、「お芝居」を書く「脚本家」であるから、美味しいとこだけ一番搾りという訳にはいかない。
河はか細い源流から始まって、やがて万里の波涛となるのである。
予告編まがいの試食大会は役者もどきとスーパーマーケットに任せておけばいいのだ。
しかしやっぱり人情的に、押さえるべき韻を踏んで、抑えるべき轍を踏むというのは、なかなかにしてストレスのたまることでもある。
僕は台本を書く時は大まかなあらすじから一稿、二稿と進むにつれて虫食い的に台詞を書いて行くのだが、うっかりしているとどうしてもクライマックスばっかり先に虫食いが大きくなってしまう。
そうすると全体のバランスがおかしくなってくるし、前半から中盤にかけて、つまり起承転結でいう所の「承」部分がおざなりになってしまう。
僕の書く台本の様なクライマックス大どんでん返し重視の脚本は、実はクライマックスでどこまで突っ走れるかよりも、中盤から終盤手前までにどれだけ見ているものに「圧」をかけられるかが勝負なので、これは結構苦労する。
見ているものに「圧」を与える為には、書く側はその何倍もの「圧」に耐えなければならないのだ。
仕事中の暇に明かせて随分と早くなったタイピングだが、まだまだ一晩で台本を書き上げられるほどではないから、今回のクライマックスまでは、まだ何日か我慢の日々が続くことになるだろう。
じらしじらされ、ちょっと前進。
うはああああたまんねえよおお…
なんてね。
椎名で音楽を聞いていると、エキサイティングな曲に会わせてあんな台詞やこんな殺陣、色々思い浮かんでしまうのである。
だからと言っても僕は「演劇」をする「役者」で、「お芝居」を書く「脚本家」であるから、美味しいとこだけ一番搾りという訳にはいかない。
河はか細い源流から始まって、やがて万里の波涛となるのである。
予告編まがいの試食大会は役者もどきとスーパーマーケットに任せておけばいいのだ。
しかしやっぱり人情的に、押さえるべき韻を踏んで、抑えるべき轍を踏むというのは、なかなかにしてストレスのたまることでもある。
僕は台本を書く時は大まかなあらすじから一稿、二稿と進むにつれて虫食い的に台詞を書いて行くのだが、うっかりしているとどうしてもクライマックスばっかり先に虫食いが大きくなってしまう。
そうすると全体のバランスがおかしくなってくるし、前半から中盤にかけて、つまり起承転結でいう所の「承」部分がおざなりになってしまう。
僕の書く台本の様なクライマックス大どんでん返し重視の脚本は、実はクライマックスでどこまで突っ走れるかよりも、中盤から終盤手前までにどれだけ見ているものに「圧」をかけられるかが勝負なので、これは結構苦労する。
見ているものに「圧」を与える為には、書く側はその何倍もの「圧」に耐えなければならないのだ。
仕事中の暇に明かせて随分と早くなったタイピングだが、まだまだ一晩で台本を書き上げられるほどではないから、今回のクライマックスまでは、まだ何日か我慢の日々が続くことになるだろう。
じらしじらされ、ちょっと前進。
うはああああたまんねえよおお…
なんてね。