この日記には何回か書いた事だけれど、もう二十年くらい前、僕は筋金入りのいじめられっこだった。
生徒だけではなく、教師も敵だった。
こんな話、最近ありふれてますよね。
「またか」と思われるかも知れない。
でもそれじゃあ困るのである。
僕が小学校の頃は、学校にかね持って来る奴は「超」がつくくらいの不良、ってな時代だったから、さすがに金までせびられはしなかったけれどそれでも相当にひどかった。
担任もひどかった。言葉とか、そういう問題ではなかった。
僕の机はみんなみんなと並んでいなかった。教卓の隣の特等席。
席替えの手間がないのだけは良かったが、授業参観のときは死にたくなるくらい恥ずかしかった。
実際死のうと思った事も一度や二度ではない。
でもまあ、僕は最近の子ほど勇気がないので、最後の一歩を踏み出す事が出来ずにいた訳だが。
その時死んでいれば回りの皆様にご迷惑かける事もなかった訳であるから、つくずく自分のふがいなさがいやになってしまうのだけれど、まあ、その辺はご勘弁頂きたい。
しかしそんな僕でもなんとかかんとかやりくりしつつ地獄の二年間を乗り切ることができた。
もちろん僕一人で出来た訳ではなくて、僕を支えてくれた両親、祖父母、そして数少ないかけがえのない友達害てくれたおかげである。
で、最近の話。
みのさんが朝っぱらからハイテンションで声高に責任の所在を云々しているけれども、あれを見ていると、結構複雑な気持ちになる。
もちろん大事な事だけどね、そういうのも。
だけど、現在進行形でいじめられている子たちにとっては、そんな事どうだっていいんじゃないかな、と思う。
FAXやらメールやらで子供たちを励ますのも良いけれど、なんつうかなあ…いまはそんな事聞こえないんじゃないかなあ。
だってもうがんばってるんだよね。それこそ死ぬ勢いで。
がんばってるんですよ。
だから「がんばれ」って言われたって困っちゃうと思う。
結局人間が生きる、ってことの責任は自分にしかない訳だけれど、今いじめられてる子たちはそんな事のわかる年齢ではない。
だから「アンタは生きてていいんだよ」ってことを、無条件で教えてあげる人が必要なのだ。
それはやっぱり親のつとめだと思う。
教師だって人間だから、良い人もいれば悪い人だっている。最近とみに馬鹿が増えているのはどこでも同じ事。ガキなんてもっと馬鹿だ。
だからそんな無責任な馬鹿どもにつきあってがんばらないでいいよ、って言ってあげてほしい。
そんでオヤジがしっかりする事。
僕はおふくろにがんばらなくていいよ、と言われて、でも親父殿には尻を叩かれた。
親はお前より早く死ぬ。いつまでもこのままじゃダメだ。
まあそんな流れで空手を始めた訳です。
今はそんなに単純じゃないかも知れないけれど、少なくとも僕に対してのいじめは(中学の時に一悶着ナイショであって以来)終わった。
人間人それぞれだから、僕みたいに異常にわかり易い強くなり方を選ぶ必要はないだろうけれど、結局いろんな事は自分が強くなる以外に解決法はない。
だけど衰弱しきった重病人にいきなり生肉与えて「強くなれ」って言うのもどだい無理な話。
まずは無償の愛から行きましょうよ。
責任がどうこうなんて事は、いじめられて強くなった子たちが大人になれば、きっと解決してくれますよ。

あれ…今日はめずらしく「愛の日記」って感じだな…