BBSにも書いたのだけれど、ミュシャ展に行ってきた。
三月に入ってからと言うもの、これと言って良い事もなく、どちらかと言えば追い詰められるような事柄ばかりで陰々欝欝とした日々を送ってきたのだけれど、火曜日にその陰鬱は頂点に達して、軽く鬱病のようになってしまった。
そのとき僕はバイト先の友人達と飲んでいたのだが、大抵の場合そういう場所では黙り込んだりしない、TPOをわきまえて落ち込む礼儀正しい僕も、あのときばかりはダメだった。
考えなければならないことはたくさんあるのだけれど、ナニから考えていいのかわからなくなってしまったのだ。
それで結局どうしたかと言うと、
ピンサロ行って抜きました。
精神的に病んでいる上に酔っ払い、不発の確立は非常に高かったのだが、ピンサロ嬢の献身的な努力と、僕自身の羽ばたく想像の翼により、晴れて波動砲は発射に成功。
そのときである。
それまでもつれて絡まっていた思考は、するすると音を立てるようにほぐれ、異常回転していた脳みそは落ち着きを取り戻した。
まったく、馬鹿みたいだ。
たとえ状況がどうであれ、僕は僕にできることをやるしかない。
逆に、僕に出来ることには限りがあって、それ以上のことはできないのだ。
それでいいじゃないか、そう思えるようになった。
僕は今まで、出来うる限り良いニュースを人に伝えて、悪いことは自分の中にしまっておこうと思っていた。
だけど、それだけではきっとダメなんだろう。
僕は思うのだけれど、人が言葉に出来ること、と言うのは「終わったこと」なのではないだろうか。
だってきっちり完結して、整理されてしまわなければ、言葉と言う「カタチ」にならないものね。
それなのに僕は、「これから起こるべき良いこと」を言葉にして終わらせて、「起こってしまった悪いこと」を言葉にせずに長引かせていたのではないのか?
そして僕は、その辺の人にはちょっと出来ない「カタチ」を作ることが出来るじゃないか!
そんなこんなで帰宅してすぐ、新作に取り掛かった。
翌日は仕事を休んでミュシャ展。朝七時に起きて上野へ。
たっぷり四時間、前日出した悪いものの分、良いものを補充した。
良いニュースは何も無い。
悪いことは起きている。
どんとこい不幸!
でも俺は、弱音はきはきブルース・ウィリスみたいに戦ってやる。
あの頭にだけは、なりたくないけどもな。