昨日の夜、中学の時の恩師・竹村先生から突然連絡があった。
まあ、厳密に言えば突然ではない連絡というものは原理的には存在しないのだが。
竹村先生は中学時代の三年間、僕の所属していた剣道部の顧問をしてくださった方である。
何でも年末一杯で教職を退き、今年春の市議会選に立候補するのだとか。
社会科の先生らしく、将来の日本を支える為に五人(確かそれくらい。もっといたかも)ものお子さんを生産していらっしゃる。
授業中には年金制度の話をするたび拡大再生産を説いておられたが、まさに有言実行である。
どんな公約を掲げられるのかはわからないが、恐らく有言実行してくれるだろう。
藤沢市民でないのが残念きわまりない。
そんなことを思い出しつつ渋谷駅の階段を下りると、全く偶然にこれまた恩師の上野師匠にばったり遭遇。
最後にあったのは[駿河湾]公演中だから、本当に久しぶりである。
相変わらずお忙しいらしく(本人曰く「濁流のような日々」だそうだ)、ほんの五分くらいしか話すことはできなかったが、それでもやはり会えればうれしいものである。
「最近本は書いてるの?」
と聞かれて、書いてます、と胸を張って言える状態で良かった。
「永田君は書き続けてなきゃダメだよ」
と、暖かくサディスティックな目でおっしゃっておられた。
実は正月の武田神社参りでひいたおみくじは[小吉]。
内容は
「今は真っ暗なトンネルの中で、光すら見えない状態です。抜け出す為には自分でとにかく動くしかありません云々」
であった。
それから16日。僕は僕なりにあがき、もがいて来たつもりだ。
ほんの少しずつ、でも確実に、僕は光に向っているのかも知れない。
うし、がんばろ!
まあ、厳密に言えば突然ではない連絡というものは原理的には存在しないのだが。
竹村先生は中学時代の三年間、僕の所属していた剣道部の顧問をしてくださった方である。
何でも年末一杯で教職を退き、今年春の市議会選に立候補するのだとか。
社会科の先生らしく、将来の日本を支える為に五人(確かそれくらい。もっといたかも)ものお子さんを生産していらっしゃる。
授業中には年金制度の話をするたび拡大再生産を説いておられたが、まさに有言実行である。
どんな公約を掲げられるのかはわからないが、恐らく有言実行してくれるだろう。
藤沢市民でないのが残念きわまりない。
そんなことを思い出しつつ渋谷駅の階段を下りると、全く偶然にこれまた恩師の上野師匠にばったり遭遇。
最後にあったのは[駿河湾]公演中だから、本当に久しぶりである。
相変わらずお忙しいらしく(本人曰く「濁流のような日々」だそうだ)、ほんの五分くらいしか話すことはできなかったが、それでもやはり会えればうれしいものである。
「最近本は書いてるの?」
と聞かれて、書いてます、と胸を張って言える状態で良かった。
「永田君は書き続けてなきゃダメだよ」
と、暖かくサディスティックな目でおっしゃっておられた。
実は正月の武田神社参りでひいたおみくじは[小吉]。
内容は
「今は真っ暗なトンネルの中で、光すら見えない状態です。抜け出す為には自分でとにかく動くしかありません云々」
であった。
それから16日。僕は僕なりにあがき、もがいて来たつもりだ。
ほんの少しずつ、でも確実に、僕は光に向っているのかも知れない。
うし、がんばろ!