「荘子」とくれば「老子」である。
説話的要素が多く、名言・金言よりも読んでほんのりする感じの荘子に対し、老子はいささかお固い。
荘子はパンピーに、老子は支配階級に、それぞれ目線が向 いているような気がする。
気がする、って言うだけで本当の所はどうかわかりませんよ、僕は別にそう言うのを勉強している訳ではないので。
ただ読んでいてそんな気がする、ってだけです。
しかし老子はいささか固くて説教臭い分、すぱっと覚えられる名言は多い。
僕の座右の銘である所の
「屈して全き(まったき)を得る」
とか、
「天網恢々疎にして失わず」「和光同塵」、お酒の名前にもなった「上善如水(じょうぜんはみずのごとし)」なんかも老子の言葉である。
まあなんつうか、そんな一つ一つの言葉をかみしめていると、「やっぱりいい加減な立ち直り方はしちゃあいかんよな」と思う。
僕は僕の中で目をそらし、誤摩化し続けて来た色々な事と、きちんと向き合わなければならない。
多少時間は掛かっても、ね。
説話的要素が多く、名言・金言よりも読んでほんのりする感じの荘子に対し、老子はいささかお固い。
荘子はパンピーに、老子は支配階級に、それぞれ目線が向 いているような気がする。
気がする、って言うだけで本当の所はどうかわかりませんよ、僕は別にそう言うのを勉強している訳ではないので。
ただ読んでいてそんな気がする、ってだけです。
しかし老子はいささか固くて説教臭い分、すぱっと覚えられる名言は多い。
僕の座右の銘である所の
「屈して全き(まったき)を得る」
とか、
「天網恢々疎にして失わず」「和光同塵」、お酒の名前にもなった「上善如水(じょうぜんはみずのごとし)」なんかも老子の言葉である。
まあなんつうか、そんな一つ一つの言葉をかみしめていると、「やっぱりいい加減な立ち直り方はしちゃあいかんよな」と思う。
僕は僕の中で目をそらし、誤摩化し続けて来た色々な事と、きちんと向き合わなければならない。
多少時間は掛かっても、ね。