昨日稽古で徹底的に体を動かし死ぬほど汗だくに。もう我慢できねえ、ビールだ!
という訳で、久しぶりに大和の串焼き屋へ。
土日は串もの半額なんだよ☆
結局最後のタスク「10時半帰宅、風林火山視聴」のみは達成できず。
「風林火山」は土曜日までお待ちくだされ。
信玄公宝物館を拝観中、隣の親子連れの周囲を顧みぬ大声の会話が耳につく。
中学生くらいの小僧は明らかにゲームで仕入れたとおぼしき武将トークを得意げに両親に話し、両親もまたそんな小僧の大声をたしなめる風もない。
「信玄の兜は牛なんだって」
「上杉謙信は毘沙門天、直江兼続は愛染明王…」
と訳知り顔に語る小僧。
ま、間違っちゃいねえけどな、小僧。
例えば上杉謙信=毘沙門天というイメージはかなり一般に流布しているため、他の戦国大名は毘沙門天を敬っていなかったかのような印象を与えてはいるが、実際のところ「軍神」として祀られている毘沙門天は、武将なら誰でも崇めていた。
実際信玄公の躑躅が崎館にも毘沙門天を祀った「毘沙門堂」がある。
信玄公を描いた画像の多くに描かれている「諏訪法性の兜」は旄牛(ヤク)の毛を植毛した所謂「唐の頭」で、モチーフは「獅子」。
もっとちゃんと説明読もうな。
しかし入り口はどうあれ若い人が歴史に興味を持ち、史跡を訪れる、というのは決して悪い事ではない。
最近はゲームやら架空戦記(歴史の「if」を小説化したもの)が氾濫して、正しい歴史や事績を知らないで歴史マニア面をする奴らも多いが(「紺碧の艦隊」の作者・荒巻義雄は連合艦隊の戦艦の命名法すら知らない)、史跡を訪れたり、小説やマンガではない資料(研究書等)をきちんと読む様になれば、正しい歴史や事績は自ずからわかってくる。
最初の入り口は自分の好きな武将の事だけひたすら調べてみればいいんです。
そのうちその武将に関わった武将の事も知りたくなるし、一つの事績に対して正反対の評価を下す論文に対して自分なりの見解を構築できる様になる。
子孫の事や先祖の事を知りたくなる…。
そして、歴史がどうしようもなく繋がっている事を発見して、その虜になって行くのである。
その頃には、「架空戦記」がいかにつまらなくてご都合主義なものなのか解るだろう。
だから今のうちはいいさ。
小天狗になっていれば。
またどこかであうときには、俺が
「へえー」
って舌を巻くような蘊蓄を聞かせてくれよ。
「池袋の小悪魔」やまこがミクシの日記に書いていた「武将診断」をやってみた。
もちろん僕の如き非才浅学の若輩者が信玄公だなんて恐れ多くて言えないが、まあなんかこう…ちょっと期待っつーかなんつーか、まあやってみようじゃないですか。
結果は以下の通り。
●武力:80点 [よくできました]
あなたの武力です。この値が高いほどあなたは敵をなぎ倒していき、戦闘で能力を発揮できます。現在でも愛する人を怪しい人から守るなどの時に役立つことでしょう。
●知力:75点 [よくできました]
あなたの知力です。この値が高いほど頭がいいことになります。戦闘で仲間の損害を最小限に抑え、相手の損害を大きくすることができます。現在では、有名大学に入って、一流企業に入るもよし学者となって、後世にまで受け継がれるような研究を行っても良いことでしょう。
●魅力:80点 [よくできました]
あなたの性格の良さです。この値が高いほど、周りの人の喜びを常に考える性格のいい人であるということです。
●政治力:65点 [よくできました]
あなたの政治力です。戦国の世でのし上がっていく為には、朝廷や他勢力といかに交渉するかも大事です。この値が高いほど、あなたは自分の会社などで勢力を持ち、出世していくことができることでしょう。
●才能:70点 [よくできました]
音楽ができるとか人を笑わせるとか、ちょっと個性的な才能。秀吉が天下をとることができたのも個性的な才能を十分発揮することができたからでしょう。
あなたは上杉謙信に似ています。昆沙門天といえば天台宗、日本仏教の名門である。念仏だけでOKという安易な三流仏教とは格が違うのであるなどと考えたかどうかはわからないが、謙信は反一向宗的な大名だった。戦国大名の多くが一向宗の力を利用しようと考える中、対決姿勢をとったのはこの上杉氏・島津氏・松平氏・天下統一に乗り出して以降の織田氏くらいである。織田氏らが領国支配の強化に伴う、いわば政治的な理由で強行策をとったのに対し、上杉謙信にはそのような階級問争的な契機はない(そんなに熱心に領国経営をしていない)。とすれば上記のように、仏教徒とは名ばかりの愚民ども(と、謙信は考えている)が百姓の身分もわきまえず武家をぶち殺すことに、彼の正義と秩序を愛する心は火と燃えたのだろうか。第一次信長包囲網の析は、反一向宗大名として信長と結んでいる。しかし越前一両一揆が解体した一五七五年以来、領国支配を強化する柴田勝家に対抗、越前浪人らの依頼もあって決起する。{五七年丸月、能登七尾城を攻めて落とし、さらに加貫手取川で大勝をおさめた。翌一五七八年三月、出陣の準備万端調った春日山城内にて念死。出陣先は小田原であったろう、というのが現在の通説。
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