我々地元民は467号線を「町田線」と通称している。本来は「藤沢町田街道」というのが正式な通称(というのもおかしな言い方だが)であるらしいのだが、しかしこれは間違っている。467号線は鶴間あたりで246号線に合流して渋谷方面に向かうので、藤沢と町田を直結している訳ではない。
まあそんなことは普段車に乗ることのない僕にはまったく関係のないことではあるのだが。
大和市街を通過して桜ヶ丘、高座渋谷を抜けると、そこは永田剛志生誕の地・藤沢市。
出身高校が長後だったし、初めて出来た彼女も長後に住んでいたので、終電を逃した時はこの道を歩いて帰ったものだった。
あ、たわし君に迎えにきてもらったりもしましたね(笑)。
ていうか女の子がらみで終電逃す→歩く
というのは当時から変わらない僕の習性のようである。
「三つ子の魂百まで」とは良く言ったものだ。
…いや、進歩しろよ。
高座渋谷と長後の間にはちょっとした起伏があって、上り坂の頂点あたりになると地球儀を模した湘南台の市民センターが銀色のおっぱいの様に建物の隙間から見える。
湘南台あたりで一息入れよう、とその時は思ったのだが、この下り坂が意外な難所であった。
足を痛めると上りより下りがキツい、というのはここ三日間で身を以て経験していたことではあったのだが、まさかここまでとは…。
致し方なく自動販売機を見繕って休憩。
まっすぐに南下しているため、右半身ばかりが直射日光に晒されて熱い。
左右の日焼けのバランスの為に大和方面を向いて座ったのだが、なんとなく「後ろ向きの休憩」ぽくて気分が悪かった。
湘南台市民センターの道路を挟んで対面にある湘南台公園でさらに休憩。
まったく興味はないハナシだろうが、何を隠そうここが僕の初めてのチュウの現場である。
まさか16年も経過してから傷ついたココロと体をベンチで休めることになろうとは、当時は思いも寄らないことであった。
甘酸っぱいような切ないような、「きゅっ」とする感じ。
痛みだした足を入念にマッサージし、ひょこひょこと歩き出す。
湘南台を通過した時点で、稲村ケ崎までの道程はほぼ半分を消化している。
足の痛みはもはや「痛み」から「苦痛」の域にまで達していたが、ここまで来たら惰性である。
「藤沢のチベット」六会の田園地帯は、どう言う訳か群馬、埼玉とは違って荒涼としていて痛々しかった。
昔は小田急線に乗っていてもその地域のみは牛糞の臭いが充満するような地域だったのだが。
チベットを通過して善行に至る。
実家の最寄り駅・藤沢本町まではあと一駅という距離なのだが、その間には本日最大の難所が待ち構えている。
「聖園の坂」と呼ばれる長くうねった下り坂である。
いやあああああ、ここはキツかった。
冗談抜きで死ぬと思いました。
一歩一歩が足、膝、腰に激痛を産み、顔は歪む目は潤む、いっそ転がりたいと何遍思ったことか。
坂の途中で振り返ると、僕の通ったあとに点々と水滴の跡がついていた。
体温調節用の通常の汗なのか、それとも痛みの冷や汗なのか、はたまた苦痛の涙なのか。
とにかく僕がまっすぐ歩けていないことだけは良くわかった。
聖園の坂をどうにか下り、国道1号線をくぐると、そこには白旗神社がある。
白旗神社の前で日記を更新。ついつい「応援してくれても良いぜ」とか書いてしまった。
直後にメールが二通。
おお、意外と素早いレスポンス。俺もまだまだ捨てたものじゃない。
一通目は…スギモツ師か。
「今月の競馬同好会はいつが良いですか?」
…いまは…考えられません。
二通目は…あらKザマっちょ?
「今度ほ◯やんたちと飲みに行くことになりました」
…ふうーん…別に俺のこと誘ってる訳じゃないよね、それ…
まあ、3人娘で仲良くやってくれりゃあいいとは思うけれどもね。何もこのタイミングで、色々思い出させてくれなくたっていいんじゃん?
一通目はともかく、二通目にはやられた。萎えた。
いやいや、笑顔でいてくれるのが一番。もう、俺が見ることはなくとも…
思い切って立ち上がる。
稲村ケ崎まで、あと9㎞。
まあそんなことは普段車に乗ることのない僕にはまったく関係のないことではあるのだが。
大和市街を通過して桜ヶ丘、高座渋谷を抜けると、そこは永田剛志生誕の地・藤沢市。
出身高校が長後だったし、初めて出来た彼女も長後に住んでいたので、終電を逃した時はこの道を歩いて帰ったものだった。
あ、たわし君に迎えにきてもらったりもしましたね(笑)。
ていうか女の子がらみで終電逃す→歩く
というのは当時から変わらない僕の習性のようである。
「三つ子の魂百まで」とは良く言ったものだ。
…いや、進歩しろよ。
高座渋谷と長後の間にはちょっとした起伏があって、上り坂の頂点あたりになると地球儀を模した湘南台の市民センターが銀色のおっぱいの様に建物の隙間から見える。
湘南台あたりで一息入れよう、とその時は思ったのだが、この下り坂が意外な難所であった。
足を痛めると上りより下りがキツい、というのはここ三日間で身を以て経験していたことではあったのだが、まさかここまでとは…。
致し方なく自動販売機を見繕って休憩。
まっすぐに南下しているため、右半身ばかりが直射日光に晒されて熱い。
左右の日焼けのバランスの為に大和方面を向いて座ったのだが、なんとなく「後ろ向きの休憩」ぽくて気分が悪かった。
湘南台市民センターの道路を挟んで対面にある湘南台公園でさらに休憩。
まったく興味はないハナシだろうが、何を隠そうここが僕の初めてのチュウの現場である。
まさか16年も経過してから傷ついたココロと体をベンチで休めることになろうとは、当時は思いも寄らないことであった。
甘酸っぱいような切ないような、「きゅっ」とする感じ。
痛みだした足を入念にマッサージし、ひょこひょこと歩き出す。
湘南台を通過した時点で、稲村ケ崎までの道程はほぼ半分を消化している。
足の痛みはもはや「痛み」から「苦痛」の域にまで達していたが、ここまで来たら惰性である。
「藤沢のチベット」六会の田園地帯は、どう言う訳か群馬、埼玉とは違って荒涼としていて痛々しかった。
昔は小田急線に乗っていてもその地域のみは牛糞の臭いが充満するような地域だったのだが。
チベットを通過して善行に至る。
実家の最寄り駅・藤沢本町まではあと一駅という距離なのだが、その間には本日最大の難所が待ち構えている。
「聖園の坂」と呼ばれる長くうねった下り坂である。
いやあああああ、ここはキツかった。
冗談抜きで死ぬと思いました。
一歩一歩が足、膝、腰に激痛を産み、顔は歪む目は潤む、いっそ転がりたいと何遍思ったことか。
坂の途中で振り返ると、僕の通ったあとに点々と水滴の跡がついていた。
体温調節用の通常の汗なのか、それとも痛みの冷や汗なのか、はたまた苦痛の涙なのか。
とにかく僕がまっすぐ歩けていないことだけは良くわかった。
聖園の坂をどうにか下り、国道1号線をくぐると、そこには白旗神社がある。
白旗神社の前で日記を更新。ついつい「応援してくれても良いぜ」とか書いてしまった。
直後にメールが二通。
おお、意外と素早いレスポンス。俺もまだまだ捨てたものじゃない。
一通目は…スギモツ師か。
「今月の競馬同好会はいつが良いですか?」
…いまは…考えられません。
二通目は…あらKザマっちょ?
「今度ほ◯やんたちと飲みに行くことになりました」
…ふうーん…別に俺のこと誘ってる訳じゃないよね、それ…
まあ、3人娘で仲良くやってくれりゃあいいとは思うけれどもね。何もこのタイミングで、色々思い出させてくれなくたっていいんじゃん?
一通目はともかく、二通目にはやられた。萎えた。
いやいや、笑顔でいてくれるのが一番。もう、俺が見ることはなくとも…
思い切って立ち上がる。
稲村ケ崎まで、あと9㎞。