今日は稽古の無い日である。
ついでに仕事も無ければ完全に「オフ」と言うことになるのだが、そっちの方はきちんとあったので、厳密に定義すれは「半オフ」、古い言い方をすれば「半ドン」と言うことになる。
ちょうど仕事も午前中で終わったしね。
そんな訳で今日は久しぶりに人恋しくなることも無く、一人を満喫したのであった。
自他共に認める寂しがりやの僕だけれど、たまには一人に――好きこのんで――なりたくなることもある。
一人になる、というのは「自宅で一人でぼおっとしている」というのとは違う。
うちに一人でいるのは(たとえそれが当然の帰結であったとしても)「結果的に(受動的に)一人であった」と言うことであり、一人になる、というのは「ある努力の末に(能動的に)一人になった」と言うことである。
見かけはあんまり変わらないけれども、根底には大きな差があるのだ。
・・・たぶん。
とかなんとか言いつつ、僕の一人のなり方はとても安上がりでシンプルである。
マンガ喫茶。
それもできればPCのない、個室形式のものが望ましい。
家に帰ってしまうと、物理的にはなんとかがんばれば目の中にも挿入可能なのではないかと思われる(絶対無理だが)ミニまっくんがおり、手を伸ばせば届くところに資料や文献がいて、そうなると何となく台本書かなきゃいけない気持ちになったりするのだけれど、ここにいればそんなことは無い。
周りにあるのは有象無象、玉石混淆のマンガだけである。
台本なんか書きたくたって書けやしない。
そんな状況で、僕はスイッチを切る。
オフ。
役者でも、脚本家でも、演出でもない、「ただの永田剛志」に。
そんな風にして五時間くらい惚けていると、やれ「疲れた」の「うんざりした」のとがたがた言っていた奴らが「そろそろ行こうぜ、本書かなきゃ」とか「明日の稽古どうしようか」とか、やっと前向きになってくる。
それをしおに僕は個室を出る。
ほんじゃま、やりますかね。
ついでに仕事も無ければ完全に「オフ」と言うことになるのだが、そっちの方はきちんとあったので、厳密に定義すれは「半オフ」、古い言い方をすれば「半ドン」と言うことになる。
ちょうど仕事も午前中で終わったしね。
そんな訳で今日は久しぶりに人恋しくなることも無く、一人を満喫したのであった。
自他共に認める寂しがりやの僕だけれど、たまには一人に――好きこのんで――なりたくなることもある。
一人になる、というのは「自宅で一人でぼおっとしている」というのとは違う。
うちに一人でいるのは(たとえそれが当然の帰結であったとしても)「結果的に(受動的に)一人であった」と言うことであり、一人になる、というのは「ある努力の末に(能動的に)一人になった」と言うことである。
見かけはあんまり変わらないけれども、根底には大きな差があるのだ。
・・・たぶん。
とかなんとか言いつつ、僕の一人のなり方はとても安上がりでシンプルである。
マンガ喫茶。
それもできればPCのない、個室形式のものが望ましい。
家に帰ってしまうと、物理的にはなんとかがんばれば目の中にも挿入可能なのではないかと思われる(絶対無理だが)ミニまっくんがおり、手を伸ばせば届くところに資料や文献がいて、そうなると何となく台本書かなきゃいけない気持ちになったりするのだけれど、ここにいればそんなことは無い。
周りにあるのは有象無象、玉石混淆のマンガだけである。
台本なんか書きたくたって書けやしない。
そんな状況で、僕はスイッチを切る。
オフ。
役者でも、脚本家でも、演出でもない、「ただの永田剛志」に。
そんな風にして五時間くらい惚けていると、やれ「疲れた」の「うんざりした」のとがたがた言っていた奴らが「そろそろ行こうぜ、本書かなきゃ」とか「明日の稽古どうしようか」とか、やっと前向きになってくる。
それをしおに僕は個室を出る。
ほんじゃま、やりますかね。