晴好雨奇 -65ページ目

晴好雨奇

気紛れ更新の日記です。


「巨大杉並木が見たい」


「花粉症なのに?」


「そうねー」


「戸隠ならあるよ」


春先の雑談。


大分経ったけれど…


「行ってみよっか~」


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(長野県 戸隠 奥社HPより)


七曲りと言う些かハードなカーブを越えて


戸隠バードラインと言う快適なコースを越えて


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(大座法師池)


素敵な池の畔で小休止。


後どの位かな?


と思ったら、目印にしていた蕎麦道場を通過(笑)


寄り道をし過ぎた為、幾つかの御社を割愛。


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戸隠神社の中社に伺いました。


こちらは知恵の神様だそうです。




「奥社入口まで1.4kmだって」


「歩く?ずっと登りだけど」


「…日和(ひよ)ろうか」


車で移動する事に決定。




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(戸隠 奥社の茶屋 古流そばセット)


お昼は奥社入口の蕎麦屋さん


古流そばと言う看板を発見


大根おろしで頂くお蕎麦!?


興味本位で注文したら…


「好き嫌いが分かれますが、宜しいですか?」


イケメンのお兄さんが心配してくれました(笑)


薬味は生姜、味噌、ゆず、くるみ、梅、からし


箸休めはきゅうりとなめ茸の辛味和え


蕎麦湯用に海苔の佃煮


私は好きな味でしたが、連れは駄目でした。


お腹がいっぱいになった所で、


道路の反対側にある忍者資料館へ。


郷土資料館と忍者資料館、


からくり屋敷を合わせて500円。




大農の家とあった日本家屋。


自分が日本人なのだと実感(笑)


囲炉裏の下座に「主人」との表示が。


地域によって違うのかな???




からくり屋敷のみ撮影禁止。


そう言われて入りましたが、


撮影している余裕はありませんでした(笑)


登れない階段から始まり、


様々なからくりでテンションアップ


途中で他のお客様方と合流。


皆で協力して抜け道を探しました(笑)


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(戸隠神社奥社参道入口付近)


道路を再度渡って、


奥社への道を辿る。


豊かな自然に覆われる参道が延々と続く。


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空気が綺麗な深い森。


「凄いね~」


溜息を吐きつつ、ゆっくりと進む。


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進むに連れて、地面が湿り気を帯び始めた。


雨が降ったせいかと思いきや、


あちらこちらで水音がしている。


所々脱線しながら進む事40分。


地面がコンクリートに変わった。


自然のクッションが無くなった…。


数分後、現れたのは階段。


「…山の階段嫌い」


「歩調崩されるからね」


「これを造った人凄いね」


連れに笑い飛ばされて先へ進む。


漸く九頭龍社に到着。


厄除けや虫歯etc.万能な神様にお参り。


少し上の奥社に移動。


涼みながら景色を眺める。




400年以上の年月を過ごした木々。


根が一緒になったり、


幹が一緒になったり、


互いに支え合って生きている。


そんな自然を汚す人達がいるそうだ。


「危険な山です。自分の命は自分で守りましょう」


そう書かれた看板があった。


忍者が育った山。


修験者が籠った山。


安全なはずがあるまいに。




門の度に、連れが苦しんでいた。


「胃が痛い…」


結界に過剰反応か?




茨城県からの走行距離500kmオーバー。


運転手さんありがとう。

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戸隠へ行って来ます音符

どんな出会いが待ってるかしらハート

本当の敵って何だろう?


時々、考える事がある。


小さい頃から、私は良い子だった。


「あら、レイちゃん。お使い?」


「うん。○○まで」


「良い子ねぇ~。気を付けてね」


「行って来ます」


近所のおばさん達との微笑ましい会話。


本人が通り過ぎると…


「ほら。××さん家の子よ」


直ぐに陰口大会が始まる。


子供だから分からないとでも思っていたのか?




「本当に信じられるのはお父さんだけだからな」


父が私に言い聞かせていた事。


自分の機嫌が悪い時には暴れる。


俗に言うモンスター。


母は父とよく喧嘩をしている。


近所に響き渡る罵声は深夜まで続く。


子供の頃は、母の実家から登校する事もよくあった。


祖父に諭されて、車で30分の場所から。


「お前達が居なければ、とっくに離婚できていたのに」


そう言われた事がある。


子供が子供を産んだのかもしれない。


両親の結婚記念日から計算すると、


私はかなり短い日数で生まれている。


自分の存在って…と後で泣いた覚えがある。


その日、決めた事がある。


「自分は夢を捨てても、弟妹の夢は叶えたい」


実際はどうだろう。


高校を卒業して、住込みで就職。


翌年、両親が別居した。


母は弟妹を連れて出て行った。


両親が離れたので、平穏が訪れると思った。


私は、帰る回数を減らした。


私が聞いていた愚痴は妹が聞く羽目になった。


妹は私にたまにしか愚痴を言えなくなった。


姉に対してだった圧力が妹にかかった。


ストレスが溜まった妹は、高校の時に家出。


母は、父の元へ戻ってしまった。


妹は連れ戻された。


父の圧力に耐えかね、再び出て行った。


弟は休日は部屋から一歩も出ない。


結局、自分は何も出来ていない。


自分が一番マシなんじゃないか?




社会人になってから知った事がある。


「精神的な虐待もある」


今思えば、あれは立派な虐待。


救い出してくれなかった人達。


助けを求めなかった自分。


本当の敵は誰?