漫画家岸辺露伴(高橋一生)は,ヘブンズ・ドアーというスタンド(特殊能力)を持っている。

 彼がその力を使うと相手は意識を失うと共に,顔に過去の記憶が本の形になって現れる。

 露伴は,その本を読んで相手の記憶や思考を読み取ることができるだけではなく,そこに書き込むことによって相手の行動を支配することができるのだ。

 

 

 

 露伴は漫画の資料にするため,骨董屋で品物を物色していたが,店主が盗まれた美術品を違法に売買する「故買屋」であることも知っており,その仕事の実態を知るという目的もあった。

 露伴はその店でヘブンズ・ドアーを使ったとき,ある美術品オークションの出品目録に「黒い絵」があることに気づいた。

 

 彼は,かつてある女性から聞かされた黒い絵の噂を思い出し,出版社の編集者・泉京香(飯豊まりえ)と美術品オークションの会場へ行く。

 すでに亡くなっているフランスの画家モリス・ルグランの絵画『Noire(黒)』は,開始価格が20万円だったにも関わらず,露伴は会場にいた謎の2人組との競り合いの末,150万円で『Noire』を落札する。

 

 

 

 露伴は,この絵は今から250年ほど前に山村仁左右衛門によって描かれた黒い絵と何らかの関係があるのではないかと考えていた。

 山村仁左右衛門の黒い絵は「この世に存在しない色」とも例え得る最も黒い色を用いて描かれた物だという。

 その後,オークション会場にいた2人の男が露伴の家から『Noire』を盗み出すが,カンバスの裏に目的の物がないと気づいた後,謎の死を遂げる。

 

 露伴と泉は捨て置かれていた『Noire』を発見するが,カンバスの裏面にはフランス語で「これはルーブルで見た黒」「後悔」と記されていることに気づく。

 

 

 露伴はその言葉から黒い絵とフランス・ルーヴル美術館のつながりを確信し,ルーヴル美術館を次の取材先に決める。

 

 

 20数年前の夏,漫画家としてデビューしたばかりだった露伴は,漫画執筆に集中するために下宿を経営していた祖母の家に滞在していた。

 

 

 そこで彼は,下宿の最初の住人となった奈々瀬(木村文乃)と出会うが,彼女からこの世で最も黒い絵を知っているかと尋ねられる。

 

 

 それは光を全く反射させない,見ることもできないほど黒い絵の具で描かれた最も黒く,最も邪悪な絵だという。

 その絵は,今から250年ほど前,黒の色彩にこだわった山村仁左右衛門という絵師が,傷つけたら死罪は免れない御神木から採れる顔料を用いて描いたものだった。

 

 奈々瀬は露伴にその絵はルーヴル美術館にあると告げたが,やがて行方が分からなくなった。

 

 

 のちに露伴は,祖母に奈々瀬の行方を尋ねたが「奈々瀬なんて、いたかね」とまともな答えは返って来ず,露伴は祖母に代わって屋敷の蔵にあった絵を買い手であるフランス語を話す外国人に直接受け渡すという雑用などをした後,屋敷を去った。

 

 

 露伴が屋敷を去る時には「奈々瀬という女性は,本当に存在していたのか」とさえ思えたため長らく忘れていたが,黒い絵とともに彼女の記憶が蘇ったのだった。

 

 露伴と泉は,ルーヴル美術館の文化エデュケーション部職員であるエマ・野口(美波)と合流してルーヴルへと向かった。

 

 

 ルーヴル美術館では展示品の模写ができ,『Noire』の作者である画家ルグランも生前はよく模写をしていたとのことだった。

 露伴は,ルグランの『Noire』はルーヴル美術館の中に存在するという仁左右衛門の黒い絵を模写したものではないかと推理していた。

 

 その推理についてエマは,そもそもルーヴル美術館の収蔵品に「日本画」は存在しないが,数年前にセーヌ川の水害から美術館の収蔵品を守るために新設した保管センターへ移送させるプロジェクトが開始された際に地下倉庫で眠っていた美術品が1000点以上も発見され,その中には東洋美術の品も100点以上存在したという。

 それらの美術品は20世紀初めに寄贈された品々であり,戦争により記録が消失してしまったために美術館のデータベース上からも抜け落ちていたが,エマはその中に仁左右衛門の「黒い絵」もあるのではと考えていた。

 

 同プロジェクトの調査メンバーとして臨時雇用された東洋美術の専門家・辰巳隆之介(安藤政信)が現れ,生前のルグランとは顔見知りであり,彼は情熱を持った画家で,模写の腕も素晴らしかったが事故により亡くなったと語った。

 

 

 

 そのとき助けを呼ぶ男の声がし,一行が現場に駆けつけると,そこには見えない何かに恐怖するエマの同僚・ジャックの姿があった。

 

 

 そして恐怖が最高潮に達した果てに階下へと転落したジャックは「蜘蛛」「長い髪」とうわ言をつぶやき続けた。

 

 

 露伴とともに一旦ルーヴルを離れた泉は,彼の転落は本当に事故だったのかと疑問を抱き,ルグランの絵画『Noire』には「蜘蛛の巣」と「長い髪」のような線も描き込まれていたことを指摘する。

 

 

 『Noire』のカンバスの裏面に記されていた通りルグランはルーヴルで何かを見て「後悔した」から,のちにジャックと同じ事故に遭い,亡くなったのではないか。

 露伴は,泉の「なぜ裏面に書かれていた言葉が動詞の『後悔した』ではなく名詞の『後悔』だったのか」という指摘から,ルグランはルーヴルで黒と同時に後悔と呼ぶべきものを見たのではないかと推理する。

 

 その日の晩,露伴たちはエマから連絡を受けて,閉館後のルーブル美術館へと向かう。

 エマによれば,「黒い絵」の噂を思い出したジャックは,エマに代わって職員専用の管理記録を検索してZー13倉庫に収蔵されていた仁左右衛門の作品を発見していたというのだ。

 

 見捨てられた倉庫ことZ-13倉庫は20年以上使用されておらず,現時点で美術品は一切収蔵されていないはずだったが,事務所にいた別の職員は,ジャックはその真偽を確かめるべく倉庫へ行き,直後に事故に遭ったという。

 

 倉庫への捜索には,全ての通路を把握しているという消防隊隊員ニコラスとユーゴの2名も同行することになり,辰巳も東洋美術の専門家として捜索に立会いたいと申し出た。

 

 

 マリィから,ジャックがかつて「黒い絵」の噂を聞いた人物の情報が判明したと伝えられる。

 20数年前に美術館のキュレーターとして勤務していたものの,どこからから入手した仁左右衛門の絵を管理記録に登録して倉庫へと収蔵した後に突然失踪し,現在も行方不明であるという男は,かつて露伴が祖母の家の蔵にあった絵を受け渡した買い手だった。

 

 Z-13倉庫に到着した一行が「黒い絵」を探す中,ニコラスが床に落ちていた別の絵を発見した。

 

 

 それは例の新発見された美術品の1点であり,鑑定により正真正銘の真作と判明したために現在は新設された保管センターにあるはずのフェルメールの幻の絵画だった。

 辰巳は「これは偽物だ」と一笑に付しニコラスに絵を処分させようとしたが,露伴はそれを真作であると見破り,倉庫で拾ったルグランの名が刻まれた画具を見せる。

 

 保管センターにある方が,ルグランが作成した贋作であり,彼は決して誰も来ないZ-13倉庫で秘密裏にフェルメールの真作を模写していたのではないかというのが,露伴の推理だった。

 

 ルグランは美術品窃盗グループの一員であり,フェルメールはじめ数々の名画の精巧な贋作を倉庫で作成し,贋作を保管センターへ移送した上で真作はルグランが持ち帰りって自作のカンバスの裏面に隠して海外へ運び出す。

 そしてルグランの自作をオークションで安値で買えば,盗んだ名画の取引は無事完了する。

 

 ルーヴル美術館内を自由に行き来できる「消防士」ニコラスとユーゴ,新発見された美術品の調査にも関わっていた「キュレーター」である辰巳が共犯者だった。

 

 

 推理を聞かされても辰巳が誤魔化そうとした時ニコラスが倉庫の暗闇を見ながら「なんでこんなとこに兵隊が?」と怯え出したかと思うと全身に銃弾を浴び床に倒れた。

 ユーゴは「俺たちもモリスみたいに」と辰巳に訴える。

 辰巳は,亡くなる直前のモリスは倉庫で何かを見た後に「美術品窃盗から足を洗う」と言い出したと話し始める。

 

 しかし,露伴の視線は辰巳の背後の壁に掛けられた「黒い絵」に向けられていた。

 

 

 突如,辰巳が「モリス,ここにどうして?」と慌て出し,見えない何者かに襲われ始める。

 エマも,かつて自身が目を離してしまったがために公園の池で溺死してしまった息子ピエールの幻覚に囚われ,やがて口から大量の水を吐き出し始める。

 

 露伴はヘブンズ・ドアーでエマの意識を失わせると,かろうじて絵を見ずに済んだ泉に倉庫外へと連れ出すように指示する。

 

 亡くなったモリスの幻覚に襲われ続けていた辰巳は「すまなかった」「お前を騙して利用した」という懺悔の言葉とともに息絶えた。

 ユーゴも同じく幻覚に襲われ「爺さん家の火事で死んだ人」「爺さんがイカれて油を撒いたから」と叫んだ直後に全身が火に包まれる。

 

 かつて奈々瀬が口にした「光が反射した鏡は人を映すが,絶対的な黒が映すものは何か」という問いの答えは「過去」であると露伴は悟る。

 「黒い絵」を見た者は,幻覚を通じて自分が過去に犯した罪と,心に刻まれた後悔に襲われるのだった。

 更に「黒い絵」は本人の罪だけでなく,恐らく先祖の犯した罪までも幻覚として蘇らせる。

 

 罪の意識に苛まれながらもフェルメールの贋作を作成していた生前のルグランは,倉庫で発見した「黒い絵」に映し出された自らの後悔を見てしまった。

 そして真作を倉庫に置き去りにした後,幻覚に襲われ死が近づく中で「黒い絵」の模写である『Noire』を完成させたのだった。

 

 一人倉庫に残された露伴の肉体は,幻覚によって黒の色彩に蝕まれつつあった。

 

 

 彼が見つめる「黒い絵」には,絶対的な黒によって描かれた奈々瀬の姿があった。

 やがて露伴の前に斧を手にした山村仁左右衛門の怨霊が出現する。

 

 襲いかかってくる仁左右衛門に露伴はヘブンズ・ドアーをかけるが,全てのページが黒で塗り潰された仁左右衛門に文字を書き込んで命令を行うことはできなかった。

 

 そのとき,奈々瀬が斧を振り下ろそうとする仁左右衛門を背後から抑えた。

 かつて屋敷で別れた際にも奈々瀬が口にした「何もかも全て忘れて」という言葉を思い出した露伴は,自らにヘブンズ・ドアーをかけ,本になった自分自身に「記憶を全て消す」と書き込む。

 こうして黒い絵の呪いから抜け出した露伴は倉庫を脱出し,肌へと直接書き込んでいた「顔の文字をこすれ」に気づき,ページに書き込んだ命令を手で消して全ての記憶を取り戻す。

 

 炎が燃え広がる倉庫で「黒い絵」は焼失した。

 

 事件後,集団幻覚の原因は,地下にある倉庫で溜まっていたガスとして処理され,名画のすり替えと窃盗も発覚し「見捨てられた倉庫」ことZ-13倉庫は完全に閉鎖された。

 

 泉は実際には「黒い絵」を見ていたにも関わらず,全く幻覚の影響を受けなかった。

 露伴は,何一つ後悔をしない泉とその先祖たちに呆れながら「人間の手に負える美術館じゃない」と言ってルーヴル美術館を後にした。

 

 後日,露伴はとある湖の岸辺に訪れ,忘れられた者たちの墓を見つける。

 すると「ごめんなさい」「ああするしかなかったの」「あの人を止めて全てを終わらせるには」という言葉とともに奈々瀬が再び姿を現した。

 

 露伴は20数年越しに奈々瀬にヘブンズ・ドアーをかけ,彼女の過去の記憶を読んだ。

 奈々瀬は藩の御用絵師を務める山村仁左右衛門の妻となったが,仁左右衛門の顔は露伴とそっくりだった。

 仁左右衛門は伝統と格式を重んじる父と対立し,山村家を出て商人の襖絵・屏風絵を描きながら暮らしていた。

 しかし奈々瀬が病に倒れ,生活が困窮した仁左右衛門は父に詫び,「父を凌ぐ絵を描く」という条件で山村家へ戻る。

 仁左衛門は,奈々瀬の美しき黒髪を完璧に写した絵を描いて父を凌ぐために,寝食を忘れて画業にのめり込んだが,奈々瀬は自分のせいで仁左衛門を苦境に追い込んだという罪の意識に苛まれ神社に通うようにな。

 彼女は,そこにある御神木から黒の樹液が滲んでいることに気づき,その樹液を持ち帰る。

 仁左右衛門はその樹液を見て「これこそ,私が求めていた黒だ」と喜んだため,奈々瀬は毎日樹液を集めに行ったが,仁左右衛門に樹液の出所を知られ,彼は自ら採取をするようになった。

 家を継ぐ予定だった仁左右衛門の弟が奉行所に訴え,仁左右衛門は御神木を傷つけた罪により自宅で取り押さえられ,彼を庇おうとした奈々瀬は,役人からの暴力によって命を落とした。

 それを見て狂気に陥った仁左右衛門は,庭にあった斧で役人を殺害し,御神木へと向かうと斧を振り続けた。

 全身が樹液の黒にまみれた仁左右衛門は,奈々瀬の亡骸を側に置きながら「黒い絵」を完成させた。

 

 黒い樹液は蜘蛛のような生き物と化して仁左右衛門の怨念とともに絵に染み込み,「黒い絵」は人を後悔と罪の念で殺すこの世で最も邪悪な絵となったのだ。

 

 奈々瀬は露伴に「黒い絵」と仁左右衛門の呪いを止めるために20数年にわたって彼を巻き込んでしまったことを詫びるが,露伴は「あの夏も僕にとって必要な過去の一つだ」「二度と忘れない」と答える。

 奈々瀬は姿を消すが,露伴は山村仁左右衛門の妻となる以前の奈々瀬の旧姓が「岸辺」であることに気づいていた。

 

 日常へと戻った露伴のもとへ,かつて奈々瀬がくだらないと言ってハサミで切り裂いた若き日の原稿が元通りになって戻ってくる。

 

 

 露伴はその原稿を傍らに置き新たな漫画を描き始める。

 

 

 

 

 

 NHKドラマ「岸辺露伴は動かない」の映画版で元々は「ジョジョの奇妙な冒険」のスピンオフになる。

 

 ルーブル美術館の全面的な協力に驚くが,そもそも2005年からルーヴル美術館と出版社のフュチュロポリス社が共同で,漫画家をルーヴル美術館に招待し,ルーヴルを題材にしたバンド・デシネ(フランスやベルギーを中心とした地域の漫画作品の呼称)を製作してもらうという企画に荒木飛呂彦が日本の漫画を代表する作家として選ばれたのがきっかけであり,その企画の一環で描かれたのが漫画『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』という作品だったということらしい。

 

 

 NHKドラマの方も評価が高いが,この映画も作品が持つ独特の空気感をよく再現しており素晴らしかった。

 ストーリーも凝ったものであり,江戸時代の日本とルーヴル美術館を無理なく繋ぐ手法も巧みである。

 

 飯豊まりえは高校生役をやっていた頃は,華のなさに失望するところが多かったが,泉京香役をやるようになってからは正に一皮むけた感じで,最近のドラマでも良い演技をしている。

 この映画でも彼女の力が遺憾なく発揮され,岸辺露伴役の高橋一生と良いコンビになっている。