小学校4年生の近藤薫(松本花奈)の父親,近藤誠(古田新太)は,会社を辞めて中古自動車屋を始めたが,母親,近藤良子(鈴木砂羽)は,夫の無計画さに愛想をつかして出て行く。

 その後,ドロップハンドルのサイクリング自転車に颯爽と乗る洋子(竹内結子)と言う女が,ご飯を作りに来たと言って家に通ってくる。
 おとなしく無口で,ほとんど感情を表に出さない薫は,最初,洋子を警戒しているが,洋子は何でも気楽に話してくれ,ごく自然に薫に接する。
 そして,洋子が薫に自転車の乗り方を教えてくれたことから,ふたりの距離は縮まっていく。

 薫は,あいかわらず無口でほとんど自己主張をしないが,そんな薫に洋子は「人は,正直であろうとすると無口になるって言うから,私は,あなたのことを尊敬するよ」と言う。それを聞いて薫は,少し嬉しそうな表情を浮かべる。

 薫は,自分がはっきりと分からないことを決めつけて判断することに抵抗感があるように見える。薫役の子役,松本花奈は,それをとても上手く表現している。

 洋子は,実際は父親の愛人であり,その意味も薫にはおぼろげながら分かっている。
 しかし薫にとって,洋子は何でも気楽に話してくれ,ちょっと無茶な冒険にも誘ってくれるお姉さんであり,それ以上でも,それ以下でもない。だから,それ以外の接し方をする気になれないのだ。

 一方,父親の中古車屋の仕事は,洋子から見てもルーズなところが多く,洋子もついに口を挟んでしまう。そのことで,洋子は薫の父親と仲違いをして,もう来なくて良いと言われる。
 落ち込んだ洋子は薫に私の夏休みに付き合って欲しいといって,一緒に海に行く。
 そこでも,薫は,楽しさや,期待,不安,後ろめたさなど,いろいろな気持ちに揺れるが,言葉になるものは無い。

 だが,ほとんど自己主張をしない薫が,珍しくはっきりと言ったことがある。
 それは,洋子から,あなたは人を支配して従わせて生きるのと,人に従って生きるのはどちらが好きか,と尋ねられたときに話したサイドカーに乗った犬のことだ。
 薫たち家族が乗ったポンコツ車を颯爽と追い抜いていくサイドカーつきのバイク。サイドカーには,犬が,当たり前のような顔をして乗っていた。
 薫は,人を従わせるのも,人に従うのも嫌だけど,あの犬にならなりたい。と言う。
 薫は,自分の居場所を求めていたのかもしれない。

 薫と洋子が,海から帰ってきたときにちょうど,薫の母親が家に戻ってきた。
 薫の母親とけんかになり,両手を押さえられた洋子は,頭突きで母親をノックアウトして出ていく。

 薫は,その後,離婚した母親と一緒に住むことになるが,薫は父親と別れるときに,まるで洋子のように,父親の腹に何度も何度も頭突きを繰り返した。父親は,それを黙って受け入れ,中古自動車屋にも見切りをつけた。

 このストーリーは,30歳になった薫(ミムラ)の回想として,語られる。
 30歳の薫は,まだ独身で恋人もおらず,少し意固地な生き方をしているようだが,そのことで迷っているようには見えない。

 この物語から,いちばん強く感じられるのは,形になる前の気持ちや,言葉になる前の気持ちの大切さである。
 形になる前の気持ちや,言葉になる前の気持ちは,確かに子供の頃にはたくさんあった気がする。
しかし,いろいろなことを知って,これはああだな,こうだな,と形を付け,言葉にしていくうちに,何か大事なものが失われてしまうような気がする。
 子供の頃の薫は,色々な出来事をまっすぐに受け止めて,無口で何も言わないけど,決して何も感じていないわけではない。彼女の上目がちな瞳が,それを教えてくれる。

 原作は「ジャージの二人」の長嶋有。
 この作品を薦めてくれたのは,竹内結子を尊敬している蓮佛美沙子ちゃんです。