東京の南の海に浮かぶ青ヶ島
 仲里依紗の演じる中学3年生の奥村夕希は,都内から祖父に連れられ,美しい自然に囲まれた小さな島に転校してくる。この島には高校もなく,夕希が中学3年になってから転校してくること自体が,ひとつの謎になっている。
 主人公の廣田正治は,夕希と同学年で,この島で生まれ育ち,ブルーアイランドタイムズという無料の新聞を作って,島内の出来事を島民に伝えている。将来の夢は新聞記者になることだが,島から出ることに不安も感じている。
 夕希は,最初とてもよそよそしく遠慮がちな雰囲気であったが,正治が申し出た二人だけでの島の案内ツアーに応じて出てきて,美しい島の中を一緒に見て回る。そして,やっと少し打ち解けて特技がピアノであることなどを話す。
 ところが,夕希は特技がピアノだと言いながら,かたくなにピアノを弾こうとしない。しかし,音楽の先生が怪我をして,代わりに合唱の伴奏をしたことからその腕前がかなりのものであることがみんなに知れる。そこで正治は,合唱の発表にあわせて夕希のピアノ発表会を企画する。
 夕希は,やはりそれも嫌がっていたが,正治の純粋な気持ちに動かされるとともに,親切に接してくれる島の人たちを喜ばせたいという気持ちから,発表会をすることになる。
 夕希のピアノを聞いた音楽の先生が,その実力に驚いてネットで検索し,彼女が国際コンクールで入賞歴を持つ新進のピアニストであることを知る。
 ちょうどその頃,島始まって以来の秀才で,将来を嘱望されて東京へ出て行った樋口亮二が,高校を辞めて島へ帰ってくる。又,夕希を連れ戻すために東京から高名なピアノの教師が島へやってくる。
 この物語は,未来に踏み出す勇気に必要なものは何かを問いかける物語である。

 夕希は大きなコンサートに失敗してピアノが弾けなくなり,祖父に連れられて,波と風の音しかしないこの島にやってきた。
 しかし,この島から出たことがなく,未来に不安を持っている正治から見れば,夕希は自分のための場所を持つ特別な人間であり,広い世界で活躍すべき人間に思われる。
 また,正治の幼なじみで,島始まって以来の秀才の亮二が,東京で夢破れて帰ってきて,正治に「世界に意味なんか無い」と言ったことから,正治はますます,踏み出す勇気を失い,東京の高校に進学せず,島に残ると言い出す。
 正治は,自分のために用意された場所がなければ,広い世界に踏み出す意味は無いと思い込んでいた。
 また夕希も島に来た頃は,ピアニストとして再起する勇気を持てずにいた。
 しかし,自分の伴奏を合唱団のみんなが喜んでくれたことや発表会で自分のピアノを島の人たちが楽しんでくれたことから,次第にピアノへの気持ちを取り戻していく。
 そして東京に戻る決意をした夕希は,正治に言う。

友達がいれば,もっと言っちゃえば,すごく大切な人がいれば,世界に意味なんか無くったって平気だよ。
ピアノの音に意味があると思う? カレーの味に意味なんてある? 夕焼けがきれいでも意味なんて無いよ。それでも私はピアノを弾きたい,カレーも好きだし,ここから見る夕焼けが好き。
正治君にももっとつらくて悲しい思いをして欲しい,その方が良いと思うよ。

 確かな進路が約束されていれば,誰でも安心して未来に踏み出していける。しかし,実際にはそんなものはどこにも存在しない。それは,将来を嘱望されたピアニストでも,島始まって以来の秀才でも,特に取り柄のないように見える正治でも同じことだ。だからこそ,人は意味のない美しさを味わおうとし,人とのつながりを求めて,勇気を出そうとする。
 夕希は,この島に来てそれに気づき,また未来に踏み出す勇気を得たのだ。
 この映画は,今から未来に踏み出そうとしている人たちへの応援メッセージになっている。

 又,この物語は,とても,もてそうには見えない中三男子の主人公の目線で描かれるため,突然現れた美少女との距離感が緊張を持って描かれる。
 正治は夕希にどのように接すればよいのか戸惑うが,小学生や下級生たちにはやし立てられながらも,島を案内し親切に対応して,次第に夕希との心の距離を近づける。ただ,その間も夕希に「顔が土色だよ」と心配されるほど緊張している。
 市役所の職員にそそのかされて,縁結び神社へデートに誘い,キスして良いかとたずねるが,夕希ははっきりと「いやだ」と断る。正治は,当然これで夕希との仲が気まづくなったと思い失望するが,夕希は,翌日には昨日は楽しかったねと言って,こだわっていない態度を示す。
 正治から見ると,この美少女が自分のことをどう思っているのか,不安と期待の日々であるが,当時16歳だった仲里依紗の美しさは,映画を見る者にも正治と一緒になって不安やときめきを感じるさせるほどである。その意味でもまさに青春映画である。ちなみに,小学校3年生くらいの女の子ふたりが,良い味の演技で緊張感をほぐし,ストーリーをうまくつないでいる。
 しかし,正治にとっては,次第に夕希との距離感よりも,自分や夕希の将来のことの方が大きな問題になってくる。東京に戻る決意をした夕希は,正治に東京についてきて励まして欲しい,自分も正治を励まして上げると言う。正治にとっては,夕希がそこまで自分のことを頼りにしてくれることに驚きととまどいを感じるが,自分は励ましてもらわなくていいという。
 すると夕希は,じゃあ違うものをあげるといって,正治にキスをする。
 そのときの正治の衝撃はそれまでのストーリーからみれば言うまでもない。ただ,夕希に「良かった?」と聞かれてちゃんと答えられない正治の頭を夕希がパシンと叩くシーンは,いかにも仲里依紗のラブシーンらしくてほほえましい。

 この映画の中の仲里依紗は,初めのうちは中三男子から見たおとなしい美少女であるが,ストーリーが進むにつれ,その内面の激しさと豊かさを遺憾なく発揮する。
 正治が,「世界に意味なんか無い」から自分は島を出ない,と言った時,夕希は世の中を知らない正治を笑うが,その後,「すっごい腹立った」と言って怒って歩き出す,そのときの怒った表情。
 正治に「世界に意味なんか無い」と言った亮二に「呪ってやる」と言った時の表情。
 正治は,夕希には帰るべき場所があるのだから早く東京に帰れと言ってしまうが,「東京の先生と同じじゃない,がっかりだよ」と怒り,「島にいつまでもいちゃいけないの」と言って泣く表情。
 そして,東京に戻る決意をした後,正治に「世界に意味なんか無くったって平気だよ。」というときの清々しい表情。
 どれも,本当に見る者の心を突き刺す強さを持っている。

この映画は,何度見ても素晴らしいと言うより,見るたびに魅力が深まる作品である。
仲里依紗は映画デビュー作から,素晴らしい才能を示している。