自身の気持ちを素直に書いた

良くない事だと思いもした

頂いた言葉の思いは、もの凄く嬉しく何度も読み直した。

本当、その時に読めなかったが心配してくれてる人がいた事が嬉しかった

それと同時に、書いた事にも後悔した

心配させてしまったから・・・


自分から逝く事は絶対に良くはない

それは解っていた

だが、素直に気持ちを書き綴った。

そんな気持ちに成らないようにしますと言いたいが

心の波があり、気持ちはぶり返すと思う

鬱と言う心の病は、発症して治療に入り治るまで

時間が掛かる場合がある

私の場合どのくらいで完治するか解らない

ぶり返しているからだ

死にたいと言う気持ちが出来る限り出てこないようにする事が

みなさんへのお礼かも知れない。

そして、メッセージを発信し続ける事を小説の中に織り交ぜて

書いて行きたいと思います。



今回、改めて言わせて下さい

私を守ってくれてありがとうございます。





全部のプチメ、コメントを読ませてもらいました。

優しい言葉ばかりでこれほど嬉しい事はありませんでした

その中で、私の事を知りたいと言うプチメがありました。

確かにうつになった原因なども気になる所だと思います。

ちなみに今、家に帰ってから病院に行って薬を、後はひたすら寝てました。

かなり落ち着きを取り戻しました。


私は、高校になってからはひたすらバイトをしてました

働く事が好きだったのです

高校を出てからは仕事と同時にバイトをしていました。

三重県から愛知県に転勤になり

田舎では解らなかった事を学びました

もちろん、良い事も悪い事もね

愛知県に引っ越しても、仕事とバイトを両立してました。

その頃、女性ホルモンを打ち始めました

まだ、私が性同一性障害と知らない頃の事です

興味半分ではありませんでした。

でもそれ以前から、私の心の中に女性になりたいと言う気持ちがありました

私は、「変態なんだ」と思っていました

そして、ある縁で結婚

子供を二人で来ました。

子供が出来た理由は、ホルモンを打ったり打たなかったりしていたからです

なぜなら、危険性を知っていたからです。

だが、ホルモン投与を再開しました。

それからは打ち続けています

その後軽い鬱に気づき、

私は精神科にて鬱の治療と性同一性障害の治療を始めました。

その頃、性同一性障害と言う言葉が新聞の紙面似で始めました。

自助団体に入っていた時期もありました。



その事とは別に、写真の専門学校の夜間にも通いました

ある種の法律の勉強も自分でしていました

そして、当たり前のように鬱の勉強やカウンセリングの勉強もしました


今まで、相談にも乗っていました

今回の仕事探しの旅は

絶対に一命を落としてでも助けたい子がありました

その件は解決に向かうでしょう

その後、仕事探しを始めました。



鬱の悪化は予定外でした。

喋る事で多少は楽にはなるのですが、今回の状態を言うと

帰るように言われるのは解っていました。

無理をしてしまいました

無理をしても、計画通りやり遂げたかったのです。

無謀でした。

永平寺も行きました。

永平寺の出のお寺の副住職に禅を指導してもらった事もあり

一度は行っておきたかったのです。

見るだけでも学ぶ事はありました。

高野山では、仕事の募集を聞いた後

山内を歩き、宿坊に泊まりました

私の袈裟を見て気が付いてくれた僧侶の計らいで

内陣にて拝ませて頂きました。



人それぞれ色々な人生があります

私の人生も書ききれないほどの物語があります。


今は、鬱をおさえつつ生きる為の仕事を探し

書き物のプロを目指し、そして又困っている人を助けられるようになる事

そして、一人前の行者になる事。



私の事で知りたい事があれば、物語に含まれない限り答えさせて頂きます。













色々と考えていました。

今回、逝きたいと言う気持ちが収まらない事などを。

完全に鬱がひどくなっている事を自分でも解ったんです

母親からは途中帰って来るようにも言われてました

でも、帰りたくなかった

帰っても、良い事など無いから

だから、鬱が悪化して行った

途中で、精神科によろうとも考えた

だけど、それをすると間違いなく家に帰らないと駄目になる気がした

持ち合わせの薬で調整はしていた

持って行った薬が足らなくなるため少し増やすだけにした

足りるわけが無い

普通の逝き方はしたくなかった

書いたかどうか覚えが無いが一度道に迷った

山の中に迷い込んだ

狭い道

偶然対向車がやって来た

聞くとその先は行き止まりだと言う

仕方なく狭い道でUターンをした

後ろのタイヤがくぼみに入り出られなくなった

何度も脱出試みたが出られない

実は、この地点で諦めていた

終わったとね

最後の更新も出来ない

仕方が無いかと思ってた。

ところが運良く出られた

泣きながら山を下りる方向へ向かった。



鬱がひどい時は過去にもあった

出来る限り解らないように時間をずらしたりしながら書いていた

今回ほど辛い時に書くのは初めてだった

我ながら、あの精神状態て書けた物だと感心をした

今は病院で薬の調整をして貰い、少しずつ安定して来ているようだ

薬のおかげで、眠くて仕方が無い







今回、エッセイとして書いた事は素直に自分の気持ちを書きました。

カミングアウトもしました。

交通事故の事、精神障害者である事

そして生きている事が本当に辛い事

いつからか、人生の歯車が狂ってしまったんです


未熟ながら私が書く小説には、伝えたいメッセージを入れて書いていました

もちろん、「再就職」にもあるメッセージを入れる予定です

この作品は完全に私の実話でもあります。

そうですね、この作品が完結していればもう少し私のこの精神状態が

違った形で理解されるかもしれませんね。

事故の事を書いた作品も途中まで書いてあります

作品名は「加害者」

もちろん、大きなメッセージがこの作品に入れる予定でいました。



さて今回、私は初めてこんなにもたくさんのコメントやメッセージを

頂き、感謝の言葉もありません

少し時間はかかるかもしれませんが、コメントはコメント欄に

メッセージはメッセージで返事を書いて行きたいと思います



死んでは行けないと言う言葉を頂きながら、

この言葉を書くのは忍びないのですが、出来る事なら早く逝きたい

その気持ちはまだ完全には拭いきれていません

でも今回、私がカミングアウトした死亡事故の事で

注意して運転しようと改めて思ってくれた方がいた事は

私にとっても生きて伝え、そして少しだけでも役に立つなら

その事の為、書いて行きたいと思います


本当、今回良い言葉が浮かびませんが・・・


みなさん、ありがとうございます。





家に帰って来てしまったよ

何も出来ないまま

無駄ではないけど、正直よく解らない。

手紙が数通届いていた

その中の一通は以前就職に応募した証券会社からだった

答えは想像した通り、不採用

履歴書ではねられた

特別の枠での応募は初めてだった

障害者枠

その枠での応募はしたくなかった

でも、何とかしたかったから応募した

手紙を置き、私は深い眠りについた

やっぱり疲れたよ