恐怖の結核 | 永田町異聞

恐怖の結核

抗生物質で退治できるはずだった結核菌が強くなり薬が効かなくなってきた、というくらいの漠然とした知識や不安は多くの人が持っている。
しかし、今、治療に使用されている薬が40年以上も前のもので、製薬会社に新薬開発の考えがないとしたら、「いったい何故」と、あらためて結核という病気に強い関心を持たざるを得ない。

広範囲薬剤耐性結核菌(XDR-TB)。
「死に至る恐れのある感染症」を引き起こす病原菌だ。

これに感染した米国の31歳の弁護士が、医師の忠告も聞かず、ヨーロッパへ新婚旅行に旅立った。結核は咳などによる空気感染である。航空機の客室など閉ざされた空間で、他人に菌を移した可能性は否定できない。弁護士は帰国後、強制隔離されたが、米国メディアを中心にこの話題が大々的に報道され、社会問題化した。

結核患者はストレプトマイシン、イソニアジド、リファンピシンといった有効な結核治療薬の開発により、順調に減少してきた。
ところが、1980年代より、結核治療の第一選択薬の2薬剤以上に耐性を示す「多剤耐性結核菌」が世界各地で出現し、最近では第二選択薬にも耐性を示す「広範囲薬剤耐性結核菌」などが発見され、再び「死の病」として恐れられるようになった。
 
世界では、総人口の約三分の一にあたる20億人が結核に感染、毎年800万人が新たに発病し、200万人が死亡しているといわれる。その多くはアジア、アフリカ地域をはじめとする開発途上国で発生しており、抵抗力の弱いHIV感染者の間で結核が蔓延するなど、きわめて深刻な状況になっている。日本でも1年間に新たに発病する患者は約3万人、死亡する人は2千人をこえるという。

ところが、驚いたことに、専門家は次のように指摘する。

「結核患者の治療には、いまだ40年前に開発された薬が使用されています。先進国においてさえも状況は同じです。1960年代以降、結核治療薬の研究は実質的にほとんど行われていません。現在使用されているワクチンは1923年に開発されたもので、その効果は不十分であると考えられています」

なぜ、治療薬の研究が行われないのか。某製薬会社の代表は次のように説明する。

「患者数を考えれば市場は膨大ですが、支払いのできる患者という意味では、そのサイズは小さいのです。この病気が先進国の問題なら治療薬開発への投資も行われるのでしょうが」。
 
結核の治療費を払える人は、世界の結核患者1600万人のうちわずか5%にすぎないという。

食うか食われるかのグローバルな経済競争は製薬業界も同じ。儲かる見込みのない新薬開発はやらないということらしい。

しかし、今回のアメリカ男性のケースなどにも見られるように、世界の交通網の発達は病原菌までもグローバル化させる危険をはらんでいる。例えば鳥インフルエンザが変異して人から人への新型インフルエンザが発生した場合は、短期間に世界中に流行する「パンデミック」に発展するといわれている。

ウイルスや細菌は時とともに少しずつ姿を変え、薬への抵抗力を備えて人間を襲ってくる。それは環境問題と同じく、文明社会に住む人間の作り出したものに対する自然の反作用として、発生してくるものだろう。それだけに、感染症対策は人類の生存にかかわる大きな課題として、製薬会社だけでなく、国や、国際機関レベルで真剣に考えていかなければならない。