私流百人一首(1) | あららのブログ

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その時々に思うことをタラタラと書き付けております。

幕張と金沢以外のインがあるかどうかが目下の大問題なんですよね。

 

私としても珍しくチケット取れたので。

 

 

というわけで、この一首。

 

初めにことわっておきますが、あくまでも私流の解釈ですよ。

 

 

 

逢ふことの 絶えてしなくは なかなかに

 

人をも身をも恨みざらまし

 

 

 

逢えるかも

来てくれるかもと思うから

つれない彼が恨めしく

宿世拙き身が恨めしい。

 

もう来ない

二度と来ないと言われたら

かえって楽になるのでしょうに。

はかない逢瀬を期待せず

嫉妬に身を焼くこともなく・・・・・・

 

途絶えがちの訪れの苦しさよ。

 

 

 

 

という解釈になるのですが、

もちろん、

 

訪れが途絶えても、それでもやはり

女は恋人を待ち続けるのです。

 

彼の足がどれほど遠のいても

この世では二度と逢えない運命だとしても

 

それで思い切れるものではない。

そんなことはわかった上で

 

もし

彼が来なくなったら

誰も恨まないで済むのに

 

実現を願いもしないことを仮定し

決して起こりえない結果を予想する

 

そんな歌。

 

 

 

もしゆづのショーをまったく見られなくなるのであれば

 

いっそすっぱり思いきれるのに

 

 

なーんて

あり得ないないない!!

 

 

まったく現実とは逆の思いでしょ。

 

 

だから、

 

ずーっと待ってるし、

来なかったら恨めしく思うわよ~~

 

って歌だと

わたしは思うわけですよ。

 

 

 

 

では、またね。