私は無神論者だけど
神様を信じるなら今だと思った。
その日また娘に頼まれてパンを買いに
わざわざ二駅先にある街のパン屋まで行った。
ここに来るのは久しぶり…
そう、斎藤さんのギャラリーに行ってから
もうひと月過ぎていた。
斎藤さんのギャラリーがあるこの街は
元々は昭和から続く古い商店が連なった
所謂シャッター街であった。
しかし数年前、町の活性化のために 若い人対象に
格安の家賃で閉じた店舗を貸すという
プロジェクトが功を奏し
お洒落なお店や個性的なお店が増えたため
土日ともなると結構な賑わいを
見せるまでになっていた。
なかでもフランスで修行したパン職人の営む
このパン屋はマスコミに取り上げられたこともあり
遠方からも買いに来るほど人気が高かった。
焼き立ての香ばしい香りのする店内で
私は娘に頼まれていたバケットや
明日の朝食用にいくつかの美味しそうなパンを
みつくろってレジに向かった。
既にレジには数名の人が並んでいる。
後ろに並び何気なく会計をしている人を見て
ハッと息をのんだ。
斎藤さん…?
会計を済ませ振り向いた男性はまさしく
斎藤さんだった。
彼も私にすぐに気付いた。
「ナオさん?ですよね」
私の名前を覚えていてくれたんだ…
「あ、お久しぶりです」
久しぶりに見る彼の
目尻の下がった柔らかな笑顔と
「本当に久しぶりですね…」
という声。
あぁ、やっぱり素敵だなぁこの人…
しみじみ思った。
だからそのまま彼が
じゃあ…と軽く頭を下げて
店を出て行ってしまったことに
少なからずもがっかりしてしまった。
まぁ、そうよね。
名前を覚えてくれただけでも奇跡だわ。
会えただけでもラッキーだと思わなくちゃ。
アラフィフは諦めが早い。
一瞬の失望を頭からはらって
店を出た。
え?
目の前に先に帰ったはずの
斎藤さんがいた。