この物語は、40代半ばに差し掛かり急に老いを感じ始めたおっさんが、迫り来る腰痛の激しい波に、毅然たる態度でダラダラと立ち向かわんとする感動の冒険譚である。


〜これまでのあらすじ〜

突然の激しい腰痛に襲われた、可哀想な40代半ばおっさんのワタシ。

平湯温泉で回復を図るも、失敗に終わる。

果たしてワタシは、この苦難を乗り越えることができるのだろうか!?


前回、暖かくて濃ゆい平湯温泉で腰を癒やしたものの、その効果は一時的なものにとどまり、しばらくするとさらに酷い痛みがワタシの臀部を襲ってきた。

とんだ誤算である。

まさかこの世に、平湯温泉に直せないものがあるとは。


その後、しばらく静観するが症状の改善は見られず、仕事にも支障が出るほどに。

うーん。

これは、いかん。

何とかしなければ。


とうとうワタシ、観念する。

不本意ながら、治療を受けるしかない。


しかし腰痛の治療と言っても様々で、これがまた我々ヘルニアーティストを悩ませるポイントなのである。

腰痛の治療には、大きく3つの流れがあると言われている。知らんけど。

それは、

  • 整形外科
  • 接骨院
  • 整体

の3つで、それぞれが各々の理論と方法で腰痛にアプローチしている。


さて、我々腰痛持ちにとって分かりにくいのが、まさにこれ。

まず、どこに行けばいいのか?

窓口が多すぎて、分からない。

それに加え、さらに状況を混沌とさせているのが、これらの治療法が相互に連携するどころか、お互いを「あのやり方では治らない」なんて批判し合うようなこじれた関係にあることである。


そしてさらのさらに、腰痛そのものについても、原因とか痛みの出方などが人により様々なため、治療法の適不適があったりするのも事実で、治療するにしても一筋縄にいかないのが腰痛の現実なのである。


そんなわけで、真剣に腰痛治療を考える人は必ずと言っていいほど、この迷宮とも言うべき治療法の選択に迫られることになる。

人によっては、整形外科→接骨院→整体→謎の民間療法と渡り歩いても治らなかったなんて人もいるし、ノンフィクション作家の高野秀行氏に至っては、まさにこの腰痛迷宮の悲哀を一冊の物語に仕上げている。


さて、ワタシはと言うと、約15年前、産まれたばかりの子供をお腹に載せて腹筋をしていたところ、初の腰痛を発症。

この時は2日間ほど全く動けなくなるほどの激痛で、整形外科を受診したところ、腰部椎間板ヘルニアとの診断。

手術する程ではないという判断で、マッサージや電気などの保存療法を継続したところ、1週間ほどで動けるようになった。

その後は、半年に一度ほど発作的に酷い腰痛を発症するようになったが、その度に評判の良い整体に行ったり、ネットで高評価の接骨院に行ったりして、今に至る。


このように、整形外科、接骨院、整体の全てを試してきたワタシであるが、実際のところは何が良いのかは分かっていない。

と言うのもワタシの腰痛は、何処に治療に行っても、数日後にはなんとなく治ってしまっていたからである。

何らかの理由でヘルニアが出て、一時的に神経を刺激して痛みが出るものの、しばらく静かにしていれば元に戻ってくれる。

ワタシのヘルニアは、そういった性質のヤツだったのである。


だから、整形外科に行っても手術をするという話にはならないし、接骨院に行っても日頃やるべき腰のストレッチなんかを勧められて終わってしまう。

リスクのある積極的な治療をしなくても、ある程度自己治癒してくれるのであれば、その方が良い。

そんなわけでワタシはこの15年間、言うなれば、腰痛と「うまく付き合ってきた」わけである。


しかし、今回はどうやら様子が違う。

これまでのやり方が全く通じない。

そしてワタシはそのことに、戸惑いを隠しきれないのである。

「うまく付き合って」いくことに限界が来たことを、認めなければならない時が来たのだろうか。


いつかこういう日が来ることは、心の奥底で何となく感じてはいた。

「痛みとうまく付き合う」という言葉は、それ自体が脆さと危うさを孕んでいるということを、分かっていながら考えないようにしていたのかもしれない。

ワタシはこれまで、「うまく付き合う」なんていう歯切れ良い言葉の陰に隠れながら、自分の腰痛と真剣に向き合うことを避けてきたのかもしれない。


しかし今回の腰痛を通じ、ワタシは自分の腰痛と真剣に向き合いたいと思い始めている。

結果がどうあれ、ワタシはもう「うまく付き合う」なんて方向に逃げずに、この腰痛を突き詰めていきたいとすら考えている。

これまでのやり方を捨ててしまうのは、怖いほど不安である。

しかし、その不安の裏には、未来に向けた確かな希望が隠されているはずだと、ワタシは願っているのだ。


行く道は、イバラの道かもしれない。

しかしワタシは、そんな道でも楽しんで踏みしめて行こうと思っている。

そう、これはワタシにとって、腰痛をめぐる旅、あるいは冒険とさえ言っても良いのである。


12月某日。

本来であれば、冬の低山トレランなどに勤しんでいるこの時期、ワタシはとある整形外科の門を叩いた。


つづく。