生徒さんからのインタビュー | バイオリンの先生の日記帳

生徒さんからのインタビュー

昨年の夏頃、

『学校の宿題で社会人にインタビューして記事にまとめて冊子にするというのがあるので、インタビューさせてください。』

と中学生にお願いされて、2時間ほどインタビュー(というか、質問されたことについてとりとめもなく話しただけ)を受けました。

それが冊子にまとめられたと、先日レッスンの時に見せてくれました。

あんなにダラダラと支離滅裂に話したのに、『中学生がこんな風にまとめられるのか!!』と感心したので、全文そのままそっくり載せさせていただきます。


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私の両親は音楽家ではなかったんですけど音楽が大好きでした。それで私に音楽をはじめさせたの。でもなぜそれがピアノでなくバイオリンだったのかというと家が団地でピアノがちゃんとやれる環境じゃなかったから。クラスのみんながピアノをやっている中私だけバイオリンだったのね。ちょうどやろうとしていた時に家のポストに聖蹟桜ケ丘にあるスズキメソードのバイオリン教室の広告を見つけて、そこに私は4歳から通い始めました。父の指導は厳しかったんですけど物心ついたときにはもうそれが当たり前になっていて、厳しくて嫌だなって思うことは無かったかな。一度、私は自分の通っていたバイオリン教室の隣の部屋でレッスンをしていたピアノに惹かれたことがあった。そこで5歳の時にピアノを両親に頼みに頼みこんでやっと始めさせてもらったの。だけれど、同時に違ったものをやり進めることをこなすということは私の性格的に無理でした(笑)。結局ピアノは1年という短さでやめてしまった。全然長続きしてないね。しかしそれから月日は流れて小学四年生の時、私は合奏団に入団した。それでずっとバイオリンをやってきたので、自分はバイオリンを演奏するんだと普通に当たり前のように思っていたら、人数の比率的に足りなかったバイオリンより一回り大きいビオラに、私が当時からずば抜けて背が高かったという理由だけで楽器移動になったんだよね。背が高いとこんなことも起きるものなのかね。合奏団という集まりであったからビオラをやらざるを得ない。おかしな話なんだけどそのおかげで私は今そのビオラを演奏することが出来てるの。

私は幼いころからバイオリンを毎日練習してるけど、それは一日30分。プレイヤーになるためには一万時間練習しないとなれないと言われてて毎日やるとすると一日約3時間から4時間練習しなきゃなれないんだよ。プロの人とは腕の筋肉のつき方がまるで違うの。もちろん教える曲は自分で最低限は弾けているようにならなきゃだけど、例えばフィギュアスケートの真央ちゃんのコーチは絶対真央ちゃんくらいは滑れないじゃん。自分のために時間を使っていると教えるっていうより演奏家になっちゃう。私はプレイヤーとは違って100回同じ曲を弾いて全部同じように弾けるわけではないんだけど、どうしてそれができないんだとかそういうものを見つけられて伝えることが、教える立場であると思う。しかも音楽社会においてプレイヤーは競争が激しいけど先生は個人事業主だから。

もちろんスズキメソードをつくった鈴木先生は目標であり師匠だけど、ライバルはいないんだよね。自分のペースでやっていけて周りの先生もライバルっていうより仲間って感じなんだ。昔の将来の夢、私は幼稚園の卒園アルバムの将来の夢の枠にバイオリンの先生になりたいと書いていたんだけれど、そんなこと書いた記憶はもう小学生のころは無くなってたね。小学生のころでは将来の夢は「小学校の先生」に変わってたの。自分は子供が好きだったから将来の夢はこうなっていたんだ。バイオリンの先生よりも子供と関われるのは小学校の先生かなっていつのまにか私の中で思っていたんだろうね。
でも私にバイオリンの先生を勧めてきた人がいたの。それは私のバイオリンの先生だった津田先生。それの理由は私がバイオリンが下手とか上手いとかそういうことじゃなくて、私がよく合宿に行ってそこで私は小さい子が得意だからよく小さい子たちに自分なりにお世話してたり面倒を見てたから。それでそれを見た津田先生は私がバイオリンの先生に向いていると見えたらしくて。でも私は小学校の先生になりたかったから断ったんです。だけど先生のある一言が私を変えた。「小学生は6年しか一緒にいれないけれど、バイオリンの先生だったら子どもが大人になるまでずっと一緒にいれるんだよ。」これを言われたときにはハッとしたね。4歳の子がバイオリンを始めて卒業するのが20歳だとする。小学校とは違い、ものすごく小さい子が大人に成長して行く姿をバイオリンの先生だったら見続けられるんだよ。私はじゃあこっちのほうがいいかもって高1の時この言葉で決めた。そうして今まで自分が通っていた津田先生の聖蹟桜ヶ丘教室を私がそのまま引き継ぐことになって、それで今にまで至ったの。

私のこれまでの人生の中で挫折の経験は無かったかも。自分の身に起こったことをただやってきたから。もしこの仕事がなかったら何になっていたかという質問にはいつも上手く答えられないの。どっぷりこの仕事につかっちゃってるからね。でももしかしたらインテリアが好きだから建築家とかインテリアデザイナーとかにでもなってたかも。
それでもこの仕事を私はやっていてよかったということだけはずっと持ち続けています。私は子どもを上手く育てたら世の中が上手く行くと思ってるの。なぜかというと、ちゃんと育てられた子ども達だったら大人になったらちゃんとした世の中を作ってくれるから。だから昔、小学校の先生になりたいって思ってたの。バイオリンの先生になって、毎週レッスンしているとやっぱりひとの成長を感じて自分も成長するし、何よりもエネルギーをもらえる。二十数年先生をやってきて大変だと思うことは少なくなかったけど、始めたての頃は全然慣れていなくてどうやったらどういう結果になるかって知らないから、とりあえずやってみるしかなかった。自分の教育の仕方を保護者の人に上手く伝えられなくて納得してもらえずやめてしまった方もいて、困っていたな。でも今は楽しくやれてる。

私が先生を始めたばかりの時ちっちゃかった生徒さんは、今社会に出始めている時で。私は今まで教えてきた生徒さんが、子どもから社会人に成長してそしてその社会でどう活躍しているとかそういう成長後の姿をまだ見たことが無いんだ。今社会にでてき始めた生徒さんたちがどのようにこれからまた社会で成長していくのか本当に楽しみだし、それを見届けられるのがとても嬉しい。だから私はこの仕事をやっていて良かったと痛感しています。

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何よりもこのインタビューの冒頭の見出しを
『ひとの成長を感じて自分も成長するし、何よりもエネルギーをもらえる』
を選んでくれたことにブラボーを贈りたいです!!

ありがとう!!