相手の女性を見る前に自分を見てしまう


あらゆる「恐怖症」や「神経症」について言えるのですが、
このような症状を持っている人は、みな、対象をしっかり見る前に
対象と相対している自分を見つめてしまうということが言えると思います。


たとえば、私は吃音者(どもり)なのでよくわかるのですが、
どもりの人は、たとえば電話で話すときも、自分の言いたいことが相手に
ちゃんと伝わっているかどうか考える前に、自分がどもって話していないかどうかが
気になってしまうのです。


その上、自分がどもっていたら、相手は自分の事をどう思っただろうか、とか、
そんなことが気になってしまうのです。


電話でもなんでもいいですが、誰かと話す場合、一番重要なのは自分の言いたいことが
相手にうまく伝わっているかどうか、次には、その言ったことについて相手は
どう思ったか、そんなことが重要なはずなのに、私のような吃音者(どもり)は
まず自分がどもってしまったかどうか、あるいは、相手の人が自分の事を
どう思っているのか、そんなことが気になってしまうのですね。


要するに、一番重要な本来の目的以上に、自分の事ばかりが気になってしまうのです。


このような心理状態では、本来の目的がうまく達成されることは少なく、
元々必要でないはずの怖れや不安が真綿のように心を締め付けるという
ことになってしまうのです。


こんな言い方をするのは変なことですが、吃音者(どもり)としての自分の心や
意識や心理を(すべて同じようなものですが)振り返ってみれば、「女性恐怖症者」
の心理などはすぐわかります。


私たち吃音者が話すときにいつもちょっとした恐怖感や不安を抱きながら、
必要以上に自分の事を意識してしまっているように、「女性恐怖症者」も
女性を相手にするときは、相手の女性の事ではなく、自分のことに意識が行って
しまうのですね。


相手の女性は、いい女か、魅力のある女か、そうでもないか、すぐにやらせてくれそうか、
それとも堅そうか、どんなセックスが好きそうか、とか、そんなラチのないことを
考える前に、その女性が自分をどう見ているのかということが、気になってしょうがなく
なってしまうのですね。

これでは、初めての女性には話しかけにくいし、たとえ話をしても、話が弾むことはなく、
すぐに途切れてしまうということになってしまうでしょう。
     良く知らない女性、初対面の女性とは話が長く続かない


こういう男は多いですが、前回でも書いたように、女性と話すときは
いいことを言わなければならない、おもしろいことを言わなければんらない、
という思いが強すぎるからなのですね。


     自分がよく見られたいという気持ちがつよすぎるのでは?


なぜこういう気持ちが強すぎるのかと言えば、もちろん、理由は簡単。

自分はセンスのいい、格好いい男、頭のいい男などと思われたいからです。

こういう気持ちも男としては当たり前のことですが、それが強すぎて、
心の自由を奪ってしまっているんですね。

こういう自分がいい男と思われたい気持ちが強い男っていうのは、
自分の事ばかり考えてしまっていて、相手のこと、この場合は
知り合ったばかりの、よく知らない,その女性のことはあまり考えていない
のではないでしょうか。


     自分がどう見られるかではなく、もっと相手の事を考えよう


もちろん、この自分がどう見られるかということを気にしてしまうのも
、まあ、自然なことです。


でも、気持ちを少しだけ変えてみて、そんな自分のことよりも、
どうやったら、その初対面の女性はリラックスするか、どんなことを
聞いたら、安心して話せるかとか、その女性が居心地がよくなることを
もっと考えてみるといいでしょう。

少しだけ気持ちを入れ替えてみただけで、意外に初対面の女性ともスムーズに
話は弾むようになるものですよ。

     スポーツは精神を鍛えるって本当ですか


とんでもない暴力中学だったけれども、私は陸上部に入ると、
すぐに長距離で活躍しはじめ、吃音部分を除けば、だいたいにおいて中学時代は
楽しく生活することができました。


毎日かけっこの練習を疲れ果てるまでしていました。
陸上部のなかにもたくさんいい友達ができたし、
なによりも部活の練習そのものが、楽しくて仕方がないという状況でした。


運動は精神を鍛えるとよく言われるけど、本当にそうでしょうか。

陸上部の練習はいくらやっても楽しくて仕方なかったのですから、
精神的には、麻雀が好きな人が毎日熱心に麻雀をやっているようなものです。


ああいう好きな事をがんばってやっているってことは、いくら頑張っても、
精神を鍛えるって感じはしませんね。

相変わらず、勉強だとか、自分が嫌いなものは、なかなかできませんでした。

吃音には立ち向かおうとしないで、常に逃げてばかりいたし・・・

本当に精神を鍛えるってことは、勉強だとか、神経を使う仕事だとかを
いくら嫌でも、逃げずに、毎日しっかりやるってことじゃないかと思います。


好きな事だけだったら、誰だって、がんばって努力できるんじゃないでしょうか。


    スポーツで強くなるのに、暴力はまったく要らない
  

それはそうとして、私たちの中学は、陸上部が出来て二年目にして、北多摩群で
駅伝に三位に入り、その次の年は優勝し、その次の年は東京都で優勝するまでに
なりました。

陸上部の顧問の先生がとてもユニークというか、今思えば、すごく優秀な
コーチだったのですね。

今、部活の中における『暴力」が問題になっていますが、
私の陸上部の体験、顧問の先生の、暴力なんてまったく関係ない指導、
それでも、私たちの中学は短期間で東京都で優勝するまで強くなったという事実、
そんなことも書いてみたいと思います。

(この問題に関して、高校では、もっとずっとすごい例があります)