有岡歴史企画「天野セミナー3」開催しました!(有岡mami) | 荒木村重研究会

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有岡歴史企画「天野セミナー3」開催しました!(有岡mami)


 


令和8年2月22日(日)有岡城跡惣構の中にある東リいたみホール(伊丹市立文化会館)大ホールにて、天理大学教授の天野忠幸さんに

「村重と秀吉 信長家臣団でふたりはライバルだった?」をテーマにおはなしいただきました。

参加者は300数名。



 




はじめに、荒木村重研究会役員で村重子孫の西﨑Gouさんより、荒木村重研究会の紹介と、一緒に活動しませんかと挨拶があり、その後天野先生が登壇され、天野セミナーが始まりました。




はじめにNHK BSプレミアムで放送されている『英雄たちの選択』で昨年、荒木村重が取り上げられた話に触れられ、村重が『英雄』と呼ばれるようになった、時代がやっと追い付いてきた、とユーモアたっぷりに話され、今回は秀吉を通して村重の動きを見ていきたいと本論に入っていかれました。


まず村重と信長の関係から紐解かれ、『信長公記』に書かれている卑怯者村重は果たして本当かと。信長は次々と家臣に背かれ、最期は敵ではなく家臣に殺害されている。村重は、江戸時代には『太平記英雄伝』に信長の剣先の饅頭を食らう豪胆な姿が、明治時代には修身の教科書に謀反を思いとどまるよう言いに来た秀吉をだまし討ちにしない信義に熱い人物として描かれていると。信長は明治以降に人気が出てくるが、実のところ不公平な人事を行い、人の心が分からない面があったのではないかと話されました。


信長から見ると村重は中途採用組。摂津を仰せつけるのではなく切取次第、村重は親族を中心に体制を組み、自力で攻め取り摂津を治めていく。対して秀吉は信長の古参の部下。永禄11年(1568)信長上洛時には秀吉は既に重臣になっており、信長の子どもを養子に迎え織田一族へと。


その後中国攻めが始まると、信長は天正3年(1575)村重を起用。村重は播磨の国衆を次々と信長に服属させ、摂津と同じように播磨も自力で切り取っていく。ところが天正5年(1577)信長は秀吉を起用。秀吉は播磨の国衆を自分の家臣のように扱い始めるので関係が悪化、天正6年(1578)別所長治挙兵へ。村重にとっても秀吉は自分が苦労してまとめてきた播磨の国衆を都合のいいようにする、自分の権益を侵害する存在となっていく。


天正6年(1578)村重が信長に反旗を翻し挙兵。秀吉は謀反を思いとどまるよう説得に行くが失敗。戦いは籠城戦になり長期化していく。天正7年(1579)村重が尼崎城に移った後、有岡城が落城。村重は有岡城に戻るつもりで妻だしを残していった、逃げる気ならだしを連れて逃げただろうと話されました。


有岡城の城兵や女子どもが処刑されるが、村重は尼崎城を開城しなかった。理由は、将軍義昭・毛利氏・本願寺と合意できないことと、信長は助けると約束しても守らない、虐殺してきたことを知っていたから。実際、有岡城に続き、三木城落城の際にも長治の命と引換えに助けると言いながら、城兵を悉く殺害しており、元々別所と荒木の一族は皆殺しにせよという信長の通達があったと話されました。


最後に、秀吉は村重・長治との戦いで何を学んだのか?兵站、海上輸送の重要性に気づき、優秀な与力や家臣を引き継ぎ、その後の活躍に活かしていくことになると締めくくられました。


秀吉は村重に学んだのか?村重と秀吉、そこに信長が入ることによって、ふたりの関係が浮き彫りになっていくように感じられたセミナーでした。



前半50分、休憩挟んで後半50分、天野先生100分セミナー。いつものことながら、天野先生の軽快な語りに引き込まれ、歴史ロマンの世界に浸っているうちにあっという間に時間が経ってしまいました。



主催者の有岡小学校区まちづくり協議会会長の滑川さんよりみなさまへの閉会の挨拶をもって本日の天野セミナーは終了。




有岡城跡惣構の中で450年前にタイムスリップして有岡城の歴史を楽しむ贅沢なひととき、とても素敵な会になりました。

お越しくださったみなさま、スタッフのみなさま、そして天野先生、ありがとうございました。

来年(2027年)も2月(2月12日予定)に天野セミナー4を開催いたします。どうぞお楽しみに!


2026年大河ドラマ「豊臣兄弟!」の主人公、その実像と足跡を濃密に描く決定版!最新著書「大和大納言 豊臣秀長」の販売、天野先生のサイン会も同時開催。先生とのツーショット撮影会もありました。



ホワイエでは、村重関連の資料展示をはじめ、村重研究会の紹介をしました(当会では、引き続き入会希望者を募っています)。


打ち上げでは、次回の天野セミナーの企画、先生のテレビ番組ご出演の話しや村重に関するみんなの素朴な疑問にお答えいただくなど、和やかな時間を共有しました。