大廣寺は、曹洞宗大本山 總持寺(そうじじ)(横浜市鶴見区)直属の末寺かつ池田家(池田城主)の菩提寺で、本尊は釈迦如来です。牡丹の名所でもあります。
[大廣寺の略歴]
永平寺(福井県)を開山した道元禅師から第7代目にあたる天巌禅師により、応永二(1395)年に創建されました。
室町時代中期の文明年間、第四世祥山祖琳禅師の代に、池田城主池田充正が禅師の徳を慕い帰依し、伽藍諸堂等を再建、修禅の場「望海亭」を設けました。
戦国時代に、荒木村重が大廣寺を伊丹に移しました(*1)が、有岡城落城後は池田に戻されました。
[写真1]大廣寺本堂から東側
山門を通り境内に入ると、正面に本堂、東隣に書院玄関、その東に庫裏が、(本堂の)西隣に納骨堂、その西に坐禅堂が、本堂の斜め前(南東)には鐘楼があります。
そして、本堂前には、室町時代中期の連歌師・歌人 牡丹花肖柏(ぼたんかしょうはく)の碑が、坐禅堂の西側には、池田氏一族の墓があります。
鐘楼に納められた梵鐘は、池田市の重要文化財になっています。
京都の景三(けいさん)禅師が文明十二(1480)年に書いた、「望海亭記」は、大廣寺最古の軸物(巻物)として現存し、現在も五月山頂上(寺の北方)に「望海亭記念碑」が残っています。
記念碑には「望海亭記」の全文と思われるものが、その裏側には、山川正宣(やまかわまさのぶ)(*3)により天保十二(1841)年にこの記念碑が建てられた旨や、正宣の和歌一首が刻まれています。
[大廣寺へのアクセス]
阪急宝塚線 池田駅から 阪急バスで約5分の「五月山公園・大広寺」バス停下車、北へ徒歩約4分
[注釈]
*1:「文禄伊丹之図」に「大広寺村」という村名が見られ、現在の伊丹市の宮ノ前1丁目、清水1〜3丁目にあたります。
*2:梵鐘
「高さ112センチメートル 71径センチメート
昭和五十三年十月三十一日指定
池田城主池田知正の弟であり、知正の養子となった三九郎の父の池田光重が、知正と三九郎両者の菩提を弔うため、大広寺に寄進したものである。
銘文には知正の法名「前備州一相乘實大禅定門」と三九郎の法名「復獄常貴大禅定門」が刻まれ、「慶長十四己西年二月吉辰」(一六〇九)の年号がある。
市内に残る梵鐘のなかで最も古いものである。
平成十四年八月 池田市教育委員会」
*3:江戸時代後期の国学者。池田の酒造業西大和屋の当主。和歌を賀茂季鷹(かものすえたか)に学び、金石文の考証にすぐれました。
大廣寺の境内からは、池田の街並みが、きれいに眺められます。
大廣寺のすぐ近くには、「五月山公園・動物園」、「伊居田(いけだ)神社」などがあります。
また、池田市内には、他に、「池田城跡」、「逸翁美術館」、「小林一三記念館」、「カップヌードルミュージアム大阪池田」など見所が多くあります。
大廣寺だけでなく、これらの見所も訪問し、有名な温泉旅館(伏尾温泉)「不死王閣」で宿泊または休憩するのも良いかも知れませんね。
[参考図書等]
「荒木村重研究序説」(瓦田昇著、海鳥社)
信長と戦った武将「荒木村重」(天野忠幸・藤本史子・千田嘉博 他 共著、市立伊丹ミュージアム)
「大廣寺」ホームページ
「池田市仏教会」ホームページ
「總持寺」ホームページ
コトバンク
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