大河ドラマファンには、魅力的な1冊です。(荒木S) | 荒木村重研究会ブログ

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荒木村重研究会は「荒木村重研究序説」(瓦田昇著)の発行をきっかけに翌年1999年に伊丹で誕生しました。
例会 、歴史探訪 、講演会、 勉強会 、イベント 、 会報『村重』の発行や会員交流に役立つ情報を発信しています。

NHK大河ドラマ・ガイド「どうする家康  前編」(NHK出版)


大河ドラマファンである私は、今回も早速購入してみました。

全ページ(206ページ)中、7割位がカラーで、写真(白黒を含む)が豊富です。

内容は、
登場人物関係図
(2種類の)座談会(①徳川家康役    松本潤さん・家康の正室 瀬名役  有村架純さん・脚本家  古沢良太さん②徳川家康と家臣団)、
「出演者紹介&インタビュー」
「家康ゆかりの地を歩く」
  制作者へのインタビュー・制作者からのメッセージ
「プレイバック大河ドラマ」
「あらすじ」
  略年譜・若き日の徳川家康についての解説
「私の推し武将」他
盛り沢山です。


その中でも私が注目したのは、時代考証担当2名の方のページ(小和田哲男さんによる徳川家康の人質時代についての解説、平山優さんの「家康しつもん箱」)です。分かりやすく書かれており、気に入りました。


また、旅行好きの私にとっては、「家康ゆかりの地を歩く」も良かったです。駿府城・岡崎城・浜松城や、その城下町を訪問した経験の無い私は、旅行意欲を刺激されました。



しかし、それ以上に注目したのが、松本潤さん・有村架純さん・古沢良太さんの座談会でした。

古沢良太さんのコメントの中で、
『今回は家康と瀬名を仲むつまじい夫婦として描いています。瀬名は「悪女」として長く伝わってきた人物ですが、それは家康を神聖化して徳川幕府の安泰を図るための「徳川中心史観」によるところも大きい。近年は新しい研究も出て来ているので、従来の定説にこだわらす、最新の研究も踏まえて「本当はこういう人だったのでは」と想像をめぐらせています。』
『歴史は詰まるところ後世の人の解釈です。』
という部分があります。

「まさにそのとおり。」と非常に共感出来ました。

次々に発見される歴史史料により、歴史の見直しが、最近、よく行われています。

(戦国武将)荒木村重についても、そのことが当てはまります。
詳しいことは、当研究会のブログの過去の記事でも何度かお伝えしていますが、今後もお伝えする予定です。



ところで、「どうする家康」・徳川家康・徳川家と荒木村重・荒木家のつながりについて、御存知では無い方が多いと思います。以下のとおりです。

A:出演者の一部の方は、荒木村重の居城  有岡城やその所在地(兵庫県伊丹市)に関係があります。

①(家康の正室  瀬名役の)有村架純さんが、伊丹市出身です。

②(織田信長役の)岡田准一さんは、以前の大河ドラマ「軍師官兵衛」で主役の黒田官兵衛役を演じ、有岡城で荒木村重に匿われて(かくまわれて)いました。(閉じ込められていたという旧説有)

B:日本史上でも、つながりがあります。

1:荒木村重の所有していた通称「荒木高麗」と呼ばれる茶器が、千利休を経由して徳川家康の所有になり、現在は、名古屋市東区の徳川美術館に収蔵されています。
(当研究会のブログ2021.11.28付・2022.12.21付の記事参照)

2:家康の子孫に仕えたり、関わった荒木村重の子孫が存在し、以下が代表的です。

①村常(村重の孫)が、家光(家康の孫)の旗本として、また、その頃、荒木局(あらきのつぼね、村重の娘)が大奥で仕えていました。

②岩佐又兵衛(浮世絵の祖、村重の子)は、画業に従事し、松平忠直(家康の孫、第二代福井藩主)に招かれ、福井に居住していましたが、その後、江戸へ移り住みました。千代姫(家光の娘)が尾張の徳川光友に嫁ぐ際、婚礼調度品の絵画を岩佐又兵衛が担当したという説があります。
(当研究会のブログ2021.6.11付・8.8付・11.28付,2022.2.17付・4.13付・12.21付の記事参照)



(荒木村重が登場するかどうかは分かりませんが、)「どうする家康」の放送が楽しみです。


[参考図書]

シリーズ【実像に迫る】010
「荒木村重」(天野忠幸著、戎光祥出版)

「荒木村重研究序説」(瓦田昇著、海鳥社)