武道による自己鍛錬
「義を見てせざるは勇なきなり」
電車の中で無頼の徒が弱い者いじめをしているのに同乗した大勢の人々は傍観者にしかなれない状況を見た。父は手出しできないところにいて、イラついたが、まことに日本男子の本懐にあらずだ。
かかる状況でも冷静に、かつ大胆に対応する精神の強さが必要であると同時に、自分を武道で鍛えておくことを勧める。
君にはいろいろなスポーツにチャレンジして欲しいが、その中に一つは武道を入れて欲しい。
特に沖縄空手はお勧めだ。沖縄空手の平安初段の形は美しく、呼吸法も備わっている。
この形を磨き上げて実践に使えるように長い時を掛けて鍛錬し、磨き上げた大きい筋肉を瞬時に動かせるなら、相当の威力を発揮できる。そしてそれは男の自信に直接的に繋がるものだ。
鍛は千回、練は万回を意味する言葉で、究極を飽くことなく追求することだ。
「己こそ己の寄る辺、己を圧して誰に寄る辺ぞ、よく磨かれし己こそ、まこと得がたき寄る辺なり」とは日本少林寺拳法宗家 宗道臣の教えだ。