あらゐコレクション 昔のハガキ より

 
 

 

静岡県修善寺温泉 養気館  相原御主人様

  

           相洲大船町山ノ内  瑞雲 安田直次郎

 

養気館は、新井旅館の昔の呼び名です。

  

相原御主人は、新井旅館三代目館主 相原寛太郎(沐芳)

 

相洲大船町は、現在の鎌倉 

  

安田直次郎は、歴史画の大家安田靫彦の兄、歌舞伎役者中村七三郎の本名

    

 

 

手紙の内容をご覧ください。

    

  

御手紙御葉書拝見致しました。夫々に面白く拝見致せし中に

  

白壁のお句最感銘深く候 ただ○○○に申上ぐれば「もあり

   

けり」が少し気になりますのでいっそ「-の家あり梅の里近く」と遊

  

されては如何。雑詠御投句の候補句かと存じられます。

  

御葉書に先生のお句御玩味遊されしよし、殊に仰の通りにて

 

常に「平明にして余韻ある句」「夾雜を捨てよ」又は

 

「さりげなく敍せ」の教をしみじみ感じ申候



 

畳替もしてあり梅も活けてあり     虚子

  

紅梅の紅の通へる幹ならん       同

  

梅林に入りし歩みとなりにけり     武之助

  

一輪の籬(まがき)の梅に歩をかへす  失名

  

                        1月24日朝

 

 

安田直次郎氏は、新井旅館の天平大浴堂を設計する際にも助言をいただき、


俳句や書画の評論などでも、


新井旅館三代目相原寛太郎と議論を交わしていたようです。

  

この手紙では、相原寛太郎の投句の寸評をされているようです。


また、最後の高浜虚子の句、武之助氏の句では修善寺梅林の様子が描写されています。 


 

今日は73年前の昭和16年1月24日に書かれた、


安田直次郎氏からの手紙をご紹介しました。






 



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