日本美術院


1898年(明治31年)に東京美術学校を排斥され辞職した岡倉天心に賛同し、


連座して辞職した橋本雅邦・横山大観・下村観山・寺崎広業・小堀鞆音・菱田春草等が


谷中大泉寺に結成した美術研究団体。



1910年(明治43年)岡倉天心が渡米したことにより、事実上の解散状態となるが、


1914年(大正3年)横山大観や下村観山らが再興し、


現在も日本を代表する日本画の美術団体として活動しています。


(Wikipedia参照)




東京美術学校出身で、再興された日本美術院の賛助会員でもあった三代目相原寛太郎は、


同じく美術学校出身の安田靫彦や、小林古径・前田青邨といった面々との交流が深く、


明治40年ころからの彼らの書簡が多く残されています。



当時の近況や、日本美術院以前の紅児会という日本画の研究会の出展作品の講評など、


多いときは、毎日のようにやりとりが行われていたようです。



日本美術院展覧会(院展)が大正3年から毎秋開催される中、


院展作品の絵葉書も作られ、送られてきたりもしていたようです。





先日蔵を整理していた時に入っていた絵葉書をご覧下さい。



あらゐ日記

日本美術院第5回展覧会出品  御夢   安田靫彦氏筆



あらゐ日記

日本美術院第5回展覧会出品  いでゆ  小林古径氏筆




あらゐ日記
第6回日本美術院展覧会出品 羅浮仙  横山大観氏筆




第5回は大正7年、第6回は大正8年の作品です。



安田靫彦の「御夢」と小林古径の「いでゆ」は国立美術館で保存されており、


皆様の目に入ることも多々ありますが、


横山大観の「羅浮仙」は大正12年の震災で焼失してしまっていますので、


ちょっと貴重な絵葉書かも?






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