ほぼ週②さかご新聞(目標)
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帽子って照れる。

なんでだろう。

帽子って、なんか照れる。


朝起きる。


さて、今日は何を着ようかな。


天気がいい。


レンジの上に、ハットが3つ。


あの麦わら、かぶってこう。


帽子を意識して、着る服をきめる。


ハットの帯に、合う服。


髪をととのえ


服をきがえ


メイクをして


頭に帽子をのせる。


鏡をみる。


近づく。


さがってみる。


サイドを確かめる。


帽子をとってみる。


かぶってみる。


かぶる、とるを数回繰り返す。


かぶって出かけようとする。


もういちど鏡をみる。


レンジの上に帽子をもどす。


かぶらずに出かける。



なんでだろう。

帽子って、なんか照れる。


帽子をかぶった自分は、

なんだかキメすぎてる気がする。


特にハットだと、変態っぽくみえる。


・・・・・・・。


不思議なことに、旅先では、この現象はなくなる。

そもそも、今部屋にあるハットはどれも旅先で買った。


ひとつはNYで。

あとのふたつはマイアミで。


現地で買ったそのときは、気兼ねなくかぶって歩けた。

むしろ、買ったそばからかぶって店を出た。笑


つまり、帽子は私にとって、「非日常的なモノ」なのだ。


考えてみれば、かぶる習慣がなかった。


私が日常的にかぶってきた帽子といえば、


小学校の赤白帽子、


部活でかぶったヨネックス、


防寒用ニット。


以上。


両親も、ゲレンデで謎のショッキングピンクの帽子をかぶるくらい。


じいちゃんも、農協のキャップか、畑仕事の麦わらしか見たことがない。


だから、私にとって、ハットやハンチングなんてのは、

完全に「ハイカラ」な代物だったのだ。


だからはじめの文章にも書いたように、


「帽子を意識して」


着る服をきめてしまう。


帽子を日常的にかぶる人にとって、帽子は特別なものではない。

だから服を着たら、さらっと帽子を頭にのっけて部屋を出る。

当たり前のもの。

馴染み深いもの。

だから似合うんじゃないかな。


とはいえ、帽子をかっこよくかぶれるようになりたいものだ。

やっぱり、帽子が似合うっていい。

それに、美しい帽子は、それだけで価値がある。


でもときどき、とんでもなく帽子だけ浮いちゃってる方や、

身体とえらぶ帽子とのバランスがあまりにもとれていない方にお目にかかると、

帽子をかぶる勇気が再びしぼんでしまうのですね。笑


とはいえ、someday...












なぜ、はたらくの?

なぜ、はたらくの?


今月から社会人として働きはじめました。

さかごです。

こんにちは。


わかってたことだけど、働くってのは、楽じゃない。

新人の今は、働くってほどのことはしてないんだけど。

それでも毎日自分の要領の悪さとか使えなさとか、痛いほど知る。

涙だって出てくる。


じゃあ、なんで働くの?


働かなければ、ゆっくり起きて、

好きな本読んで、

好きな映画見て、

好きなだけ妄想して、

好きな男でも追っかけて。

・・・オイw


そうやって、毎日をのんびり過ごせるはずだ。


じゃあ、はたらくのはお金のため?


いやいや。

別に辞めたって、私は死なない。

究極は、親だっているし。

あるいはもう誰かと結婚して、養ってもらえばいいじゃん。


でも私は、はたらく。

これからも、はたらくんです。


私が働く理由は、分析したところ、主に以下の2点と思われます。


【1】コンプレックス脱却願望

【2】自分の不安な将来のための対策


【1】コンプレックス脱却願望


私の複合的なコンプレックスのなかで脱却願望が強いものは以下の2つ。


<1>自分の力で何かをやり遂げたことがないこと。

<2>ある程度までは頑張れる。でも最後に勝負を、投げること。


この2つのコンプレックスの根底には「人に注目されたい」という

欲求があるように思われます。自分の存在を認めてもらいたい。

ほら、パリス・ヒルトンだって、自己顕示欲が強いでしょ。


「Hi, 私がパリスよ。」


みたいなw


<1>自分の力で何かをやり遂げたことがないこと。


自力で何かをやり遂げるなんて、私と同世代の多くの人が経験し

ていないことで、とりたてて悩むほうがおかしいのかもしれないけ

ど、私はこの点に関するコンプレックスがかなり強い。


そもそも、自分自身で生活を支えたことが一度も無い。

学生時代、親の仕送りで生活してきた人は私以外にもいると

思うけど、私の場合、必要な生活費以上に、親のお金で存分

に楽しんできたのです。この4年間で、親の口座の残高はほぼ

すっからかんになったそうな。


だから、学生のとき、自分が言うこともやることも、結局はタワゴトに

過ぎないという後ろめたさがあった。だからといって、親の仕送りを

受けないという厳しさも自分にはなかった。


そんななか、村上龍の『恋愛の格差』っていうエッセイのなかに、

「親の金で恋愛費用をまかなう人は、恋愛をする資格がない」

という言葉に出遭う。


撃沈。

恋愛で悩んでいた私は気づく。


――今、私には悩む資格さえない。



<2>ある程度までは頑張れる。でも最後に勝負を、投げること。


これは高校時代から私につきまとうようになったコンプレックス。


当時私はテニス部にいた。部員の殆どがスポーツ推薦で、お勉強で

入学したのは私のほか数人。部員がたくさんいる中で、団体メンバー

に選ばれるのは6人だけだった。


「コートの外で応援なんてありえないっ!」

そんな私はパリス・ヒルトンパワーでのし上がり、お勉強入学だったに

もかかわらず、団体メンバーのポジションをGETした。


そう、ある程度までは努力し、頑張れるのだ。


しかーし。

当時インターハイを目指していて、県大会で決勝までは行ける私たち

はそこそこ強いチームだった。その3番手として、私はコートに立った。


決勝。

前の2組が1勝1敗で、私が勝てばインターハイへ行ける。


結論からいうと。

私は勝負を投げた。

自分に勝負がかかってくるのは、本当に苦しい。


試合の途中で負けが見えた。

別に負けたって、死ぬわけじゃないし。


で、負けた。

最後の最後で、苦しくなると私は勝負を投げる。

なんとも無責任なw

この後味の悪さは、その後も自分につきまとうイメージとなっている。


私がはたらくのは、これらのコンプレックスから脱却するため。

小さなことでも、自分の力で成功体験を積み重ねてみたい。

仕事でプレッシャーのかかる状況になっても、今度こそ、逃げない。


「はたらくこと」は、今の私にとって、

「コンプレックス脱却」の、チャンスなのである。


【2】自分の不安な将来のための対策


さて、もうひとつの私が働く理由がこれ。

おいおい、まだ22歳の若さで、大丈夫かよw


みなさんは、「自分がなにで最も喜ぶ人間であるのか」ということを

知っていますか?


何をしているとき、最も幸せか。

どんなとき、いちばん気持ちイイか。


たぶんこれをちゃんと知っていれば、幸せな人生を送れる可能性が

高い。なぜならば、一般的に言われる「幸せ」が、自分の幸せと合致

するとは限らないから。


私はよく、キャリアについても、恋愛についても、一般的な価値観と

ズレていると感じることが多いから危険大。


就職できたら、幸せ。

結婚できたら、幸せ。

高級マンションに住めたら、幸せ。


世間の価値観にあわせて人生を決めたら、自分が本当に感じる幸せ

とのズレに気づいたときに、取り返しのつかないことになるかもしれない。

私は弱い人間だから、何かを選ばなくてはならなくなってしまったとき、

世間体で選んでしまうこともあるかもしれない。


そのとき、しっかり自分が仕事をもって自立していれば、勇気さえあれば

やり直すことができる。一度の人生だから、後悔したくないのじゃん。


ライフスタイルも、男も、選択肢が広がる。

ダメ男ちゃんと付き合ってみるとかねw


つまり、働いて「自立」していれば、自分の価値観と責任で、人生を選べる

ようになると思うのだ。


そんなわけで、月曜から、またせっせと働きます♪






















女には、ある程度のキツさが必要である。



ここでいう“キツさ”とは、“男に対しての”キツさのことであります。簡単にいうと、男女関係をうまく続けていくには、女はおとなしく男の言うことをきいてばかりいてはいけない、ということです。笑



実際にこれはよく言われることではあるけれど、私のまわりのカップルたちを見てそして私自身の実感として、これは真実です。

私が見る限り、うまくいっているカップルは、たいてい女が強い。


「彼女コワイから帰らないと。」、と終電で抜ける友人、

「もう一杯飲んでいい?」と彼女に許可を求める彼氏、

毎日電話をしないとスネちゃう彼女、・・・etc


このような例を挙げると、「なんだ、完全に女の尻に敷かれてるってことじゃん。」なんてことになりそうですが、そうではない。

彼女たちがみな本当にコワイ方々だとは思えないし(いや、コワイのかもしれないけどw)、なんだかんだ彼らは、彼女たちのことが大切で、いい意味で彼女たちのご機嫌をとってうまくやっているのではないかと思えるのです。



「会いたい。」と呼べばいつでも喜んで飛んでくる女、

「これして。」と頼めば黙ってしてくれる女、

「ごめん、今日やっぱ会えないわ。」と言えば、

「そっかぁ。カズくん忙しいもんね。さみしいな、でもしょうがないね。」と、なっちゃう女。

「もちろん君のこと好きだけど、彼女にはできないんだ。」と言われて、「それでもいいの。」ってなっちゃう女。笑 

いやいや、これは笑い事じゃないですね。

ここまでくると、世間でよくいう“都合のいい女”になっちゃいますが。






要はっ!

惚れても惚れきっちゃいけないということです。

女の子は待たされちゃいけない、

喉まで出かかった言いたいことを飲み込んじゃいけない。



本日私がブックファーストで立ち読みした『愛され力』という本には、こんなことが書いてありましたよ。



“ときには、「今日、あなたに会いたい気分じゃないの。」と言ってみるのも効果的。”





――― 笑。





あは。ついつい茶化しちゃいましたが、女が自分に惚れ込んでることが確実だと、男は退屈して逃げてしまうって、よく言いますよね。確かにこれは効果的であるといえるのかもしれません。



しかしながら、こういった“恋の駆け引き”というのはよく言われることだけど、女にとって自分が惚れている男に“駆け引きとして”でさえ冷たくすることが、どれだけ難しいことか、それは計り知れないことだと思うのです。

少なくとも私みたいな女には。笑




ぜひぜひそんな女のテクニックと落ち着きを身につけたい今日この頃なのでありました。



失敬っ!