ほぼ週②さかご新聞(目標) -2ページ目

好きな人の前での恥ずかしい失敗談について

こんばんわんこ蕎麦犬さて、本題に移ります指でOK


好きな人の前でやらかしてしまう失敗は、なぜあんなにも恥ずかしいのでしょう。
というよりも、なぜよりによって「好きな人の前で」私たちはそのような失敗を犯してしまうのでしょう。そこには失敗が起こるためのメカニズムのようなものが存在するのでしょうか。

「遅れてごめ~んっ(汗)」でズッコケてパンツ丸見え、イイとこを見せようと思って張り切った途端にボール顔面、精一杯の笑顔の後に気づいた歯に青のり、etc…
世界はまるで、この種の切なく恥ずかしい失敗談に溢れているかのようです。

私にも過去に、そのような恥ずかしい失敗の経験が、哀しいかな、数え切れないほどあります。そんな私が今回このテーマを選んだ理由は、先日とある友人H君が語ってくれた、切なく恥ずかしいエピソードに心を揺り動かされ、数日たった今も、そのときめきが私の心をつかんで決して離さないからなのです。そんなH君の体験談を、ここで皆さんに紹介したいと思います。

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るんるん少年H君のエピソードるんるん

極寒の地、北海道。
当時中学3年生だったH君は、その冬もあいかわらず少し内気な少年ではありながら、健やかに、ときには悶々として日々を過ごしていました。そう、私たちが中3だったあの頃、21世紀がスタートし、大阪にはユニバーサル・スタジオができました。6月にあの恐ろしい池田小学校児童8人殺傷事件が起こり、9月に起こった米国同時多発テロが、世界を震撼させたあの年です。いっぽう当時まだH君の存在を知らない私は遠い群馬の地で、ゴムなしルーズソックスの半額デーに勇んで買い物に行ったり、マックチキンと水で恋バナを楽しんだりしていました。

おっと、いけない。ここで紹介するのはH君のエピソードなのでした。

さて、気を取り直して。

極寒の地、北海道。
当時中学3年生だったH君は、その冬もあいかわらず少し内気な少年ではありながら、日々悶々として、それでも健やかに過ごしていました。ある日の放課後、H君は友人たちといつものように教室で受験勉強をしていました。外は一面の雪景色です。
「おい、気晴らしに、みんなで雪像でもつくろうぜ。」
勉強に飽きたひとりの友人のふとした発言によって、みんなで校庭に雪像をつくることになりました。そうと決まるとエネルギーのあり余った活発な少年たちは、一気に教室を飛び出していきました。H君は教科書をととのえ、教室の電気を消してから、彼らの後に続きました。

彼が下駄箱のところまで来ると、同じクラスのA子ちゃんが、ちょうど帰るところでした。
A子ちゃんは色白で、肩まで伸ばしたやわらかそうな髪をして、笑うと右の頬に小さなえくぼができる女の子でした。H君はひそかに彼女に思いを寄せていましたが、思いを打ち明けたことは一度もありません。

「あれ、A子ちゃん、帰るの?」
「うん。H君はどこ行くの?」
「今からみんなで、校庭に雪像をつくりに行くんだ。」

A子ちゃんにまっすぐに見つめられただけで、H君は自分の声がうわずっていることを恥ずかしく思いました。

「雪像?あたしはかまくらのほうがいいな。ねぇ、かまくらつくってよ。」

雪像か、かまくらか、というなんとも微妙かつくだらない好みを、相手に押しつけることができるのは、間違いなくかわいい子の特権なのです。

「うん、わかったよ。俺、かまくらつくるっ!」

A子ちゃんにそう約束したH君は、校庭へと駆け出しました。
外の寒さと、彼女への想いに、H君の頬はいつのまにか赤く上気していました。

『A子ちゃんのために、でっかいかまくらをつくるんだ。』

わいわい騒ぎながら、楽しそうに雪像をつくっている仲間たちのいる校庭で、H君はひとり、黙々とかまくらづくりに励みました。
掘っては積み上げ、掘っては積み上げ、・・・・・。
シャベルを雪に突き立てるたびに、H君にはA子ちゃんのあの笑顔が思い出されるのでした。彼の息は大きくはずみ、全身はまるで燃えるようでした。
やがて日が暮れかけ、仲間たちが帰ってしまった後も、H君はひとり、かまくらをつくり続けました。校庭には、彼が雪にシャベルを突きたてる音だけがこだましていました。

翌朝。
3階のH君の教室の窓からは、昨日まではなかった大きなかまくらが、朝日を浴びて、誇らしそうにきらきら光って見えるのでした。その大きさはたいへん見事なもので、その朝登校してきた生徒たちの一番の話題となっていました。かまくらを見たときのA子ちゃんがきっと驚いて喜んでくれることを考えると、昨夜わくわくして眠れなかったH君は、生徒たちの反応を見て、次第に自信が湧いてくるのを感じていました。
そこへ、彼が待ち望んでいたA子ちゃんが教室へ入ってきたのです。
H君は思わず彼女に駆け寄りました。

「A子ちゃん、俺、かまくらつくったよ!」
「・・・・。」

A子ちゃんの頬は、朝の冷たい空気にさらされて、赤くほてっていました。

「・・・ほんとに、つくったんだね。」

A子ちゃんはH君の勢いにやや圧倒された様子で、少し困ったように笑って言いました。
彼女の右の頬に、いつものように小さなえくぼができたのを見たとき、H君は自分がひとりでのぼせ上がってかまくらなんかをつくってしまったことが突然とてつもなく恥ずかしいことに思われて、今すぐ逃げ出したいような気持ちになりました。
H君の大きな期待に対して、このときのA子ちゃんの反応は、たったそれだけだったのです。

昼休み。
H君はつくったかまくらを壊そうと、校庭へひとり出て行きました。
彼は泣きたいような気持ちでした。A子ちゃんが喜んでくれるにちがいないと思い込んで浮かれていた自分への、やり場の無い怒りが、彼の心の中をぐるぐると渦巻いていました。
シャベルを握ったH君は渾身の力をふるって、自分でつくったかまくらを殴りつけました。
しかし、昨日H君がA子ちゃんのことを想いながら、何度も水をかけて仕上げたかまくらは丈夫に凍っていて、H君ひとりの力ではとても壊すことができなかったのです。

結局、H君のこの恋は実らずに終わってしまったのだそうです。しかし、彼がA子ちゃんを想って一生懸命つくったかまくらは、その冬の間、H君の中学校のカップルたちの、素敵なデートスポットとなったのだそうです。

おわり。

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いかがでしたでしょうか。
このお話は、語り手である私自身の照れによってちょっぴり茶化したり、やや脚色したりした部分はありますが、話自体は実話なのです。

人は誰でも人生において、自分が毎度かっこよくスマートに決めていけたらと願いますが、なかなかそうはいかないものです。ことに恋愛においては、突っ走って空回ったり、素直になれなくて後悔したり、必要以上に嫉妬してしまったりと、さまざまな場面で自分のかっこ悪さや弱さを思い知らされることがありますよね。でも、そのたびに真剣であることが、何よりも価値のあることなのだな、とH君のエピソードによって、私は改めて実感しました。
友人H君は今、とても魅力ある人です。失敗しても、いつも真剣に生きてきた経験が、今の素敵な彼をつくったのだと思うと、私も頑張る勇気が出てくるのです。ありがとう、友よっ!

みなさんには、どんな恥ずかしい失敗がありますか耳exclamation & question
私はちなみに中学生のとき、大好きだった彼との帰り道に、
ウン●を踏んじゃったことがありますww
はは、我ながら、最低。

ファッション考①

ファッションて何だ?


今年の3月うまくすれば、私は大学の被服学科を卒業する。

大学でなに勉強したっけ。

そもそもなんで被服学科に入ったんだっけ。



今もそうだけど、私は昔から華やかで、ちょっとかっこよさそうってなことに憧れていた。いわゆるアート系の職業とかね。「デザイン」とか、「クリエイティブ」って言葉には弱かった(笑)。要は田舎者なのだ。憧れるだけなら可愛いのだけど、私の場合ふと目指しかねないから厄介だ。高校も進学校だってのに、突然ある日の模試で志望大学を全て美大にしたことがあって、びっくりした担任のキョウコちゃんに呼び出されたことさえあるのだ。絵は下手じゃなかったけど、そんなのだけで通用するはずがない。それで現実的に、その当時の私にとってちょっとでもアートのニオイがする学科を選んだわけだ。最初はある国立大学を目指して、『絶対合格』なんて壁に貼って励んでいたんだけど、夏休みにその大学の見学に行って失望した。



――田舎過ぎる。



私が求める華やかさの「は」の字も無い。校舎はヒビだらけ、学生たちはやけにシャカシャカとチャリを漕ぐのが速くて、服もただ「着ている」だけだった。学生の本業は勉強だって言われたら何も言えないけど、とにかく私は華やかでちょっとかっこよさそうなことに憧れているわけだから、それだけでもう一気に冷めてしまったのだ。だから私が今の大学を選んだ理由は、キャンパスが東京にあって(そう、「キャンパス」ってのが大事。最初目指していた大学は「キャンパス」と呼べる雰囲気ではなかった)、学生たちがお洒落そうで、その当時の私にとってちょっとでもアートのニオイのする学科があることだった。住居学科っていう面白そうな学科もあったけど、被服学科のほうが能力的に入りやすそうだったから被服にした。そんな軽い動機で入学したのだった。


大学での勉強は、すぐに興味をなくした。被服学科っていっても、入学前に想像していた学科とはちがった。洗濯のしかただとか、綿繊維はこんなふうにヨレていますとか、昔の西洋人はコルセットで締め付けすぎて死んじゃいましたとか。私が興味をなくして馬鹿にしていたせいで、多くの学生にとっては有意義だったかもしれない講義がそんなふうに聞こえたのかもしれないけど、私は心から、本を読んでいるほうが100倍面白かった。被服学という学問や、大学の授業を否定するのではない。関係ない。大学は、「自分で勉強する」場所なのだ。


しかし何はともあれ、私は4年間被服学科に在籍し、うまくすればこの3月に卒業する。ここで、被服について初めてじっくり考えてみたいと思う。講義のなかでも何度となく出てきた「ファッション」という言葉について。



ファッションって何だ?



次回のブログに続きます。