第二次世界大戦の出兵写真 1939年11月16日、 | 荒井英夫(株式会社アルファ・ジャパンプロモーション)

第二次世界大戦の出兵写真

1939年11月16日、叔父が出征する際の見送り写真です。撮影場所は赤門東福寺前にあった亡き母親の自宅前です。この写真は元々白黒でしたが、AI技術を用いてカラーに変更しました。

第二次世界大戦は1939年9月1日に開戦しました。この貴重な写真が現在まで残っている理由は、昭和4年にライジング・サン石油横浜本社ビルとして建てられた旧昭和シェル石油山下ビルにあります。

戦争中、母親がこのビルに入っている会社で働いていたため、写真をこのビルに保管していました。当時、このビルは外資系だったため、アメリカの空襲の標的にはならなかったと聞いています。そのおかげで、写真は空襲を免れ、現在まで残っています。しかし、空襲が来るたびに、母親は地下室に避難していたと言っていました。「ここは4階建てのビルで、エレベーターはなかった」と母親は当時の話を語ってくれました。

母親の回想によると、ビルの地下室は防空避難所として機能していました。空襲警報が鳴ると、社員や近隣の住民が速やかに地下室に避難し、安全を確保していたそうです。このような防空対策が功を奏し、多くの命が救われました。

戦時中の貴重な思い出を伝える写真が現在まで残っていることは、母親の勤め先であったライジング・サン石油横浜本社ビルの防空対策のおかげです。このビルは戦後もその堅牢な構造を保ち続け、昭和シェル石油山下ビルとして長く利用されました。