金沢へ行っておりました。

蟹にはまだ早く、松茸ですら時期尚早い晩夏の山中温泉に一泊。

もうオッサンとオバサンですから、
仲居さんには「あら、旦那さま、お先にお戻りですよ」
なんて声をかけられたりするのですが
気恥ずかしさが先に立ち、いやん、みたいな桃色吐息はつけないのでした。

その後、金沢へ足を伸ばし、兼六園、21世紀美術館、ひがし茶屋町などを散策。

兼六園が凄すぎる。
あんなに凄いのに、ただの「庭」ってとこが凄すぎる。。

21世紀美術館は期待が大きかった分拍子抜け。

所詮モダンアートは「やったもん勝ち」なわけで
「痛み、という感覚を可視的領域に落とし込んだ創造過程はそれ事態が他者の介入を拒絶する」(←てきとー)云々の解説は無意味で「ようわからんのぅ」ってのが多分正しい。

なんてったって、やったもん勝ちだから。

奈良美智のまるで家畜人ヤプーな犬ハウジングが面白かった。
デッカイ犬みたいなものを模した家は大人が4人ぐらいが入れる大きさで、オズの魔法使いのポスターや、ノスタルジックな玩具、はたまたタバコの吸殻に描きかけのスケッチなんかが乱雑に配置してある。

とっちらかり具合が汚い部屋でヒステリーを起こす子供みたい。

いよいよ楽しくて創造意欲が間欠泉みたいに噴き出してワクワクしているのに、全く簡単に
例えばお気に入りのオモチャに貼るシールが歪んでしまって、取り返しがつかなくなった的な出来事で悲しくなって、怒りくるう、みたいな思考の流れが見事に具現化。

子供ってバカだもんね。
諦めきれないから。

相方は終始ふぅん、って態度で、唯一、レアンドロのプールに盛り上がってた。

お茶屋はあれね、素敵に観光客向けよ。火気厳禁って風情。

最終夜。
中秋の名月は、冗談みたいに駅近なホテルの
ギャグみたいに小さな露天風呂より眺めた。

どっから見ようと美しさに変わりなし。

帰り道中、タクシー運転手の「鯖江はメガネの町であり、ありとあらゆるメガネが驚くべき品質とお値段で貴方に迫る!」との啓示に導かれ、色めき立ちつつ行き先変更・途中下車するものの、目前に広がるのは極普通の地方都市。

駅員、案内所係員、コンビニ店員、はたまた野良犬、出迎える人すべてメガネをかけ当方が大阪からの観光客と分かるやいなや、ずり落ちるツルを押さえながら「怒るでシカシ」ぐらいは言ってくれるであろうと想定していたダケに落胆は大きかった。

しかも、そもそもコンビニはなし。
あてもなく寂れた風情を迷い愉しむに、桃色旅情が高まって
そこそこに爛れていたりして、劣情せしむるおとな三十路旅。

で、結局のとこ、鯖江はメガネの町なわけ?
仕事とお愛想の関係について教えておくれよ、あなた。

そのままのキミでいいなら苦労は要らぬ。

いや逆説的に
たんまりのお愛想で相手の機嫌が向上し
それで事が運ぶなら踊ってやろう。

まいにち、あたしは何をしてるんだろ。

そうだあの夜、あの十番の夜。
私は恐怖と闘い、甘い果実を得た。

震えるような恍惚。
「あなたに褒められた」。

知覚領域の拡大。
嫌われたくない、無能だと思われるわけにはいかない。
痛い、こわい、きもちいい。

あなたの特別枠。

こんなことを言うなんて、あたしは甘えているね。

からだの底が抜けそうよ。
不安なの。
宿題をだして。

わかってる。

でもどうしてわたしはここにいて
あなたはここに居ないのだろう。

君は覚えているんだろうか。

失効1日前になるまで免許証更新に気付かないトっ散らかった日々を過ごしていたことを。

襟足が面倒な具合に伸びて、雨降りには悲劇そのものになっていたことを。

数多の女を裏切り続けた「資生堂幻想」を、唯クレードポーのみが受け止めるのだと悟り逸品チークと紅を買うも、肝心の写真撮影時、それらの塗布を忘れていたことを。

ズバリ5年後まで、上記の惨憺たる肖像が己の身分を証明するということに戦慄していたことを。

辛くはない、だけれども少しずつ神経を磨り減らす仕事を「労働こそ美徳」を金言に笑顔でこなしていたことを。

慰みは日々の残像を困窮極まる語彙力で綴ることだったということを。

家族、友、愛犬アンバーが変わらぬ姿でいてくれるよう、毎夜泣きながら祈っていたことを。

心身共に健康なくせ皮肉屋黒帯師範代、な愛する男がいたことを。

37歳の君よ。

隣には誰かいてくれているかい。泣いていないかい。
美味しくご飯を食べられているかい。
何か温かいふにゃふにゃしたものを抱いているかい。
それともそんな幻想は切って棄てているかい。
きっとあなたのこと好きでいられると思うよ。

今はこうして生きています。

5年なんてあっというまだね。

37歳のアタシよ、楽しみに待ってて。

今度はちゃんとした証明写真撮ろうね。