蒸し暑い夜だった。

凶暴な太陽に存分に焦がされた地表が報復とばかりに大気に熱を放ち、凪いだ空気はピクりとも動かない。塗り潰した様な闇が広がっている。

寝苦しさに何度も目醒め、窓を開けようと窓辺に近づいたところ、見知らぬ男と目が合った。

隙なく整えられた髪、白いシャツ。
心持ちほころんだ口元から綺麗な歯が見えた。
年の頃、40~45歳ぐらいだろうか。

ピエール瀧にうんと清潔感を加えた感じで、突然の訪問でも人に好感を持たせるだけの雰囲気があった。

ただ、時刻が深夜2時、私の部屋が2階だということをのぞけば、、。

驚愕の余り呆然とする私など一向に介する様子もなく、
器用に窓をすり抜け、彼は私の前に立った。

「いやいや、どうも。突然すいませんねー。ども、ども。」

意表をつく軽さで初対面の挨拶を済ませ、彼は続けた。

「いやね、メフィストって言うんすけど、自分。
うちの会社、スペシャル・サマー・キャンペーン中で、新規開拓してるんス。
自分、3丁目担当なもんで。
あのぅ、突然なんすけど、なんつうんすかね、何か欲しいもんあります?
いやいや、分かりやすいモノじゃなくってもいいッスよ。
才能、とか、永遠の美しさ、とかそゆうのでもイッス。その代わりぃ、、、」

「その代わり?」と私。

「大事なもんと引換ッス。ほらこれ、引換券。期限無期限になってますんで。
ま、じっくり考えてくださいよ。」

大事なものと交換と言われても。
その大事なものってなんなのよ、と息巻く私に
対象物は引換時になって初めて分かることなので、悪しからず了承せよと涼しく答える。

「それなら、、、。
私と、私を愛してくれる人を十分に富ますことの出来る才能と名声をください。
どんなジャンルでもかまわない!」

その涼しげな様子に逆に煽られるように答えちゃったよ、私よ。

ニヤリと笑った彼の笑顔に、幾ばくの悪意が含まれていたのを確認したと同時に
顔面と全身に激痛が走った。

鋭い刃物で切りつけられたようだ。
鼻の骨がメリメリと音を立てて砕け、目の前が真っ赤に染まる。
瞼が切り裂け、視界の端に銀色の金属片が躍る。
腹部や臀部に射し込まれた太い針が臓物が掻き出されんばかりに暴れる。
骨という骨が砕けるおぞましい音を聴きながら私は気を失った。

気が付いた場所は、光と音の洪水だった。
沢山の人が忙しなく行き交い、衣擦れの音が殊更大きく響く。
皆目見当もつかない空間ながら、不思議と私には自分が成すべき事がわかっていた。

立ち上がり、光に向かって歩くこと。

覚束ない足取りで、数歩を足を進める。腰で風を切る。

身体にまとわりついつく薄い布、断続的な音楽と照明。

踵を返し、元の位置へ戻る。

周囲のざわめきが歓声に変わった。

温かな女の体臭に抱き締められる。拍手、歓声。

さあフィナーレよ、青のドレスに袖を通して!!!

抱き締めてくれた女の声に、初めて気が付いた。
私には色がわからない、、。

翌日紙面が躍った。
「盲目のスーパーモデル、彗星の如きデビュー!」

メフィストが与えたもの。
激痛を伴う人体改造、後の美貌。

奪ったもの。
この世を照らす光。色彩。一切の映像。

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と、こんな夢をみた。

なぜだろう、今もまだ目の色が戻らない。
白くて丸い様や、
気がつけば大量の葉もの野菜を食べている様、
または何かを言いあぐね、モゴモゴと自戒する様、

そんな私の様を称して彼は言う。
ミナエコ、なんかいもむしみたいだな、と。

「みつばちハッチのキャラクターのようにキュート」で「かわいい」、「ボクの」が接頭語として付くらしいが、いもむしはいもむし、である。

私の第一印象は「白いるか」、だそうだから、親密度が増すに従い私は生物として退化していくのだ。
次は「白酵母」とかであろうか。哺乳類、いやせめて可視的範囲内の大きさにはとどまりたい。。。
愛しい愛しいと糸を吐く。
それで己が身を包むのだ。
その糸で幡を織ってくれ、あなた。
夢のように光る美しい幡を。


今宵の一冊は勿論、江戸川乱歩著「芋虫」。

ただ、「ユルス」と綴り古井戸に身を投げた男。

ああ私はこんなにも誰かを愛する事が出来るかしら。
廃墟のようなビルの向こう、夕陽が沈む。

インド紅茶の美味しい、とあるカフェにて。
弾ける炭酸にカンパリ、ウニとトマトクリームのパスタ。

夕陽に夕食、視界の全てが赤い。

脳内では奥田民生「アドレナリン」がリピート中。

喉の強さを感じさせる声。絞られるような官能。強靭な彼の声帯はきっと美しい桃色に違いない。

ぼくと一緒に水の底へと落ちてゆこう。

どうしてこんなにも狂おしいのか。誰を想ってこのザマか。
あなたか、もうここには居ないあの人か。

カンパリをあおる。
喉を滑る朱色。
もっと赤く私を染めてくれ。