あ、細田翔哉だぜ!
本書いたんだぜ!
色々書いたんだぜ!
もう手が痛いんだぜ!
本編は口調まともなんだぜ!
目指せ1億部完売!なんだぜ!
1、【プロローグ】
駅伝王者大学対校戦が早くも13回目の開催を迎え、今回は天下の目黒大学さんが主催という楽しみな展開になる一方で、私は今期で遂に海南大学駅伝プロジェクトチームの『育成本部長』まで任せて頂ける事になった。本当は大ちゃ…山中大介社長と一緒にと考えていたのだが、どうも海南大学総本部の意向は違うらしい…(泣)
その本部長昇格の記念にと言う意味なのかは定かでないが、こんな話を持ち掛けられた
『君の選手指導方法に関する本を出さないか?』
ハッキリ言って物書きには決して明るくない私が本を書くなんて考えられなかった。『まっぴらなんだぜ!☆』と最初はのらりくらりしていたのだが、山中社長・佐藤侑樹・宮本監督の3人から説得された(と言うより詰められた)とあってはもうやるしかない(と言うより拒否権がない)。確かにせっかく『育成』という部分を評価されてここまで来たわけだからこれを無碍に断るのも忍び無いと言う考えも湧いてきた訳だ(と言うより断ったらクビになりそうで怖い)。
何はともあれ、そんな(穏やかでない)背景があって私は人生で初めて執筆と言う名の筆を取った。対校戦の専用ブースで売り出してくれるとの事なので対校戦終了後にじっくり読んでもらえればと言う次第だが、是非とも1億部完売を目指したい所である。
2、【そもそも"天才"とは?】
読者の方々は『"天才"ってなんですか?』と聞かれた時にどう説明するだろうか?古代中華史では、『天賦の才』と言って、『天』則ち神が『賦する』則ち授けるものとしてその概念を表している。西洋史でもその語源をラテン語の『genius』と言う『守護神』や『精霊』を表す言葉に遡っており、東西文化圏ではそう言った人智を越えた概念的・宗教的存在から授けられる、一般的な人類から卓越した1つの能力として捉えられてきた。
今現在そんなスピリチュアルな思考に基づいて天才を定義する者はあまりいないような気はするが、恐らく『一般人から卓越した能力』と言う点は概ね共通していると思っている。
私は大学の頃(頭に入っていたかは別として)これでも結構本を読む口だった。当然そうした知識を参考にして学論を論じたりもしたわけだが、その中で私は以下のように"天才"を言語化していた。
"天才"とは、
【差別化】と【明確化】と【慣習化】3つから成るように思う。
私達は全くもって1人1人に平等のカケラも無い種族である。法の下の平等も人権的平等も全て概念的・組織的であって、生命の本質は須く不平等という前提にこそある。【差別化】とは、それを自覚し、『私は他者と比較して何ができるか、何が劣るか』を明確に把握できる事なのである。
私達は進化を理想とするものである。それが1日単位ずつでなくとも年単位でさえ短くとも、生命の本能として果てしなく上を目指そうとする。しかしその進化を果たすための詳細で明確な道標を持ち、その道を確実に歩みつつ完成図を正確に描き、逆算できる素質(計画性)を持つ地球生命は人類意外には存在せず、その中で個体数の割合的には小数点の彼方と言える。『何年後にこうなる。そのためにこの日にこれを、この年にこれをしこうなる。そしてこのような結果になって初めて完成と呼べる』これこそが【明確化】であり、世間が【計画性】と呼ぶものの本質なのだろう。
私達は基本的に1つ以上の事物を無意識の内生業としているものである。娯楽の種類手法やその環境、家事や仕事。一元的に【娯楽・家事・仕事】と表現しただけでその実体は個人の数だけ無数にある。つまり完全なる前例は無いわけだが不思議な事に個々人はそれを完璧にこなし、日々その精度をアップデートするのである【慣習化】とは、こうして無意識の内に自らの感性を表現し続け完成の更に先へ到達し続ける事なのである。
著者『細田が焼いたもんじゃ』より