つい昨日、仕事を終えて『さぁて帰った後の予定はよっさんにXでダル絡み2兆回してっと…』などと考えながら帰っていた時の話。急に『パンッ!』というちょっとした火薬の音と聞き間違う程の音を聞いた。ふと帰り道沿いの公園に目をやると、1人の高校生が舞扇子を両手に舞の練習をしていた。舞と言うよりも武道の演舞を見ていると錯覚するような、それほどの心地よいキレで舞うその姿に惹かれた自分の体は気が付けば公園の敷地内にいた。当然向こうも背後から近づいて来るランニングシューズ姿の物騒な男の存在に気がつく。




『こんにちは、怪しい人じゃないですよ』




 我ながら何と突拍子もない声の掛け方であろうか、今時2次元の世界だってこんな啖呵の切り方はしないのではなかろうか。しかしそこは向こうも著者より遥かに常識的な高校生、『あ、どうも…』とせめてもの返しを振り絞る。多分『なんだこの人は…』という警戒心や、或いは一目につかないからと選んだはずの公園でまさかの声を掛けられると言う予想だにしない事態への困惑があっただろう、と言うか見るからにそんな表情してた。そんな相手に『怪しい者ちゃいます〜』は遠回しに『警察呼んだ方がいいっすよ!』と警告を込めた自己紹介をしているに等しい筈だがあの時の自分にそんな至極冷静かつ真っ当な考えはなかった。


 あまりにもよそよそしいリアクションが返ってきたものだから怪しくない証明として自分の名刺を渡す。昇進したばかりの役職名載りたてホヤホヤ名刺をドヤ顔で渡せるまたとない機会だった。『舞の練習をしていた所に見惚れてしまって、良かったら少しの間見学してもいいかな?』まさかそのドヤ顔のままふんぞり返っている訳にも行かず、素直に近付いた理由を話す。『あーそう言うことね』と妙に納得した表情を浮かべた高校生は、『良いですよ、どうぞ』と近くのベンチを案内した。見ると舞のリズムを刻むためのメトロノームが懐かしい音色を奏でている。音楽やダンスの類とは無縁の人生を歩む自分にとって、この音を聞くのは小学生の時に卒業生寄贈のリコーダーを(勿論物理的に)粉砕して激怒した音楽の先生に罰としてベートーベンの人生史を文字起こしさせられた挙句、そこに付きっきりでいられた時以来である。


 話を高校生の舞に戻す

彼は一心不乱に同じ舞を何度も何度も繰り返し舞う、どうやら一連の演舞の中にまだものに出来ていない苦手なパートがあるようだ。しかしどうにも自分の舞に納得していない様子、ただぼーっと眺めているのも何だかなぁと思っていた所だったので、思い切って動画を撮る事を提案した。その動画を見返していく中で徐々に改善のヒントを掴んだのか、彼の表情は最初のぶっきらぼうが嘘のように晴れやかになっていった。


 そうして1時間程経っただろうか、流石に日が沈み始め高校生も練習を切り上げる。


『ありがとうございました』


ただ野次馬働いただけだと言うのに身に覚えのない礼を貰った所から、彼が練習にかなりの手応えを感じたいた事が分かった。気をよくしたと思ったので1つ他愛のない質問をぶつけた。


『何故舞をやろうと思ったの?』


彼の容貌は、言われなければサッカーか何かのメジャースポーツをやってると思えるほどガタイが良かった。勿論舞とて体幹とそれを支える筋力は求められるためヒョロヒョロのイメージがあったわけではない、とは言えその外見を見て「舞」が出て来るかと言われたら自分ではまずそんなことは無かっただろう。


 曰く、彼は元々中学校までは普通にスポーツ少年でそれこそ中学校では陸上部だったらしい、しかし父親が舞を嗜む人物で、舞教室に通うだけのアマチュアとは言えその発表会を見た際に感化されたと言う。そうしてYouTubeなどで動画を見漁っている内に自分でも舞を舞いたいと思うようになり、学校の部活動にそのための部がない事もあって自分1人で練習を続けているのだと言う。そしてその先の夢として父と共に舞う事を据えているのだとか。


 身近にこんな志を持った高校生がいる事に感心したのは自分がオッサンになったからだろうか、とは言え薄暗い夕焼けに映えた公園を舞台に嬉々として語る彼の姿は何となく自分に『懐かしい』だけでは形容し難い素晴らしい感情を思い出させたのである。


 そうして我々は帰路についた。

帰り際に私は彼に問う


『あ、駅伝王者っていうゲームやらない?』


『やらないっす』


そう二つ返事が返ってきたことは言うまでもないが、それでも何か素晴らしい経験をした事を喜ぶかのように、その余韻を大事に大事に抱きしめながら電車に乗り、見事3駅乗り過ごしたのだった。