昨今、国内外のロードレースの記録は飛躍的に向上しています。
特にマラソン業界の進歩は凄まじく、男女共にこれまでの世界記録が1分以上更新され、これまでケニア・エチオピア勢の特権であった「2時間5分切り」が他国にも出現するようになりました。
更に、非公式とは言え、キプチョゲ選手が
人類史上初のフルマラソン2時間切り
を達成。
これにエチオピア勢による2時間4分切り、女子マラソンの2時間19分切りの激増等、高速化は留まる所を知りません。
この波は学生駅伝にも
今年の箱根駅伝は空前の高速レースとなり、花の2区を含め、実に7区間で区間記録が更新されました。また前哨戦とされた出雲・全日本大学駅伝でも区間記録が続出。特に写真左の相澤選手は三大駅伝全てで区間記録を大幅更新し大いに注目を集めました。
こうした好記録ラッシュを支えたのが、ナイキ社の開発した「ヴェイパーフライ」。「厚底シューズ」の名で昨今話題のシューズです。大学駅伝や世界の主要マラソンの招待選手を見てみると、殆どの選手がこのシューズで出場しており、他のシューズの選手を履いている選手を見つけるのが大変なくらいでした。
この事から、昨年から少しずつ巷で「シューズの恩恵が大き過ぎるのでは」と物議を醸し出し始めます。SNSでもかなり話題になっていたのを思い出します。
この議論は世界でも例外ではなく、その波はどんどん波及、遂に国際陸上競技連盟も看過できなくなります。昨年末、国際陸連はヴェイパーフライの調査に乗り出し、同時にこのシューズの禁止化を仄めかすような声明を出します。
しかしながら本日、英紙を通じて「ヴェイパーフライ禁止化見送り」が発表されます。これによってヴェイパーの是非を問う議論は一旦の決着を見せます。
ただし、同紙は同時に以下2点の声明も
①東京五輪までの新しい技術開発の停止
②他社のシューズとの性能比較による調査続行
これにより、後の調査結果によっては禁止化される可能性が残されることに。また技術開発の停止に関しても、調査結果によっては「永久停止 」を突き付けられる可能性もあります。
今回の騒動は記録への関与率以外に様々な問題点があります。
1つは「企業の技術開発」に陸連が介入したこと。折角開発したヴェイパー禁止の可能性間去ることながら、それ以上に「連盟による技術開発停止」の前例が出てしまったこと。これはつまり、他社も例外なく「新たな技術の開発が自分達のその後の開発を妨げる可能性がある」事を示しています。折角開発費を投じて編み出した技術も禁止化されては購入者もいなくなる。その企業の経済活動を大いに阻害する行為です。
そしてもう1つは「禁止化の明確な基準がない」と言うこと。今回の禁止化騒動に際しての論点は
①入手ルートの公平性
②他シューズとの性能差
の2点でした。
しかしどちらも、「どこからが制約違反になるのか」具体的な数字や線引きが存在していないのが実情でした。①に関しては確実に地域差、個人差がありますし、そうでなくともメジャーなスポーツ店では既に一般販売が浸透しつつあります。値段を考慮しない限りは決して一般ランナーにとって手の届かない代物ではありませんし、増して値段を考慮するなら、資本主義が広く浸透した世界経済に置いて「公平性」は独り歩きすることになります。
そして②。
これについても反発性・柔軟性・吸収性について明確な言及が無く、開発側に判断の余地がありません。
そもそも、シューズ開発の方法は企業毎に異なっていて然るものであり、それを比較して優れている方を制限すると言うのがおかしな話というもので、百歩譲って「厚底」と言う点が引っ掛かるとしても、それはナイキ社の立派な「アイデア」の筈です。もしこれが罷り通るようだと、陸上競技は最早「裸足での競技」以外で公平性を保つ術はなくなります。
競技をするのは飽くまで「人」であって「靴」ではありません。これは如何に道具の技術が進化しても変わる事はありません。道具の進化は「相対的な競技力」を上げるだけで「絶対的な競技力」は本人の努力に因ってでしか向上することはありません。
国際陸連には是非ともこれを踏まえた判断をしてほしいものです。