昨日はセ・リーグが開幕しました。
開幕投手が内海だったのですが、何だか微妙な感じがします。
あまり開幕戦って感じじゃないですね。
でも内海以外に勝ちを計算できそうなピッチャーがいないのも確かです。
ここ20年くらいで絶対的なエースが各チームいなくなってる気がします。
特にセ・リーグ。
20年前なら、巨人のエースと言えば斉藤雅、中日なら今中とか簡単に頭に浮かんだものですが、最近だと岩隈とかダルビッシュとか涌井くらいですね。
4番も固定されてないし。
やっぱエースと4番はチームの投打の柱だし、固定してほしいものです。
やっぱりメジャーへの流出が野球をつまらなくしてるのかな。
メジャーは華やかすぎて僕は好きではありません。
昔の川崎球場みたいな、どんよりした雰囲気が大好きです。
80年代までのパ・リーグがたまらないですね。
そこで今日はメジャーへ旅立ってしまった広島の元エース、黒田モデルです。
メーカーがSSKっていうところがたまりません。
最近のピッチャーはナイキかミズノばかり。たまにゼットがいるくらいで、SSKを使ってるピッチャーで有名どころと言えば西口か黒田、最近だと巨人の山口とか。
ちなみに形も大きさも好みに合っていたので、ついつい4つも買っちゃいました。
また、黒田モデルでオーダーしたものが3つくらい。
オーダーしたやつはもちろん名前の刺繍入りです。
なので黒田モデルは合計7つ持ってます。
何故そんな馬鹿な買い物をしてしまったのかと、今では後悔の日々です。
そんな黒田は今はロサンゼルスでがんばっているようですが、思えば日本にプロ野球が誕生したのも日本人がメリケンに野球をしに行ったからです。
1930年頃、当時の野球と言えば中学野球(今の高校野球)か大学野球が盛んでした。
そんな中、全米チームと試合をすることになり、当時野球興行を主催していた読売新聞の正力松太郎を中心に日本は全日本チームを結成。
チーム名は「大日本東京野球倶楽部」。
その中に沢村栄治なんかも入っていたわけです。
さてさて、日本がメリケンへ船で旅立つわけですが、船の中でトラブル発生。
「ダイニッポントーキョーヤキュークラーブ?オー!ナマエナガスギルヨー!」
先方のメリケン人が「大日本東京野球倶楽部」ではチーム名が長すぎてメリケン人には読めないとのこと。
そこで急遽、メリケン人に馴染み深いチーム名に変更することに。
当時メリケンで人気のあったチームはヤンキースかジャイアンツ。
日本人がヤンキースじゃおかしいということで、チーム名はジャイアンツに変更。
その後、全米との野球興行での成功に味を占めた正力松太郎は、全日本チームをそのまま自社で買い取り。
こうして日本初のプロ野球が誕生したわけです。
ちなみに全部この本に載っていました。
その名も「プロ野球ユニフォーム物語」。
お値段は7,350円と少々お高いのですが、僕のマニア心を十分くすぐってくれた一生物の本です。
ちなみにこの本に載ってた阪神タイガース誕生秘話。
東京の読売が野球チームを持ったということで、何故か阪神電鉄にライバル心が芽生えます。
読売が西海岸のサンフランシスコ・ジャイアンツからチーム名をパクったということで、東海岸のデトロイトタイガースから名前をパクり、阪神タイガースの誕生です。
ついでにこの本に載ってた中日ドラゴンズ誕生秘話。
東京と大阪に野球チームができたということで、何故か中日新聞の杉山寅之助の闘争心に火がつきます。
杉山寅之助「よーし!うちも野球チーム作るぞー!」
側近「わかりました社長!チーム名は何にしましょう?」
杉山寅之助「うーん。ワシが寅之助だからタイガースじゃー!」
側近「社長!タイガースはもう大阪にあります!」
杉山寅之助「えー!そうなの?うーん。じゃあワシが辰年生まれだからドラゴンズじゃー!」
側近「わかりましたー!」
こんな具合で中日ドラゴンズ誕生です。

