再び、例の女友達の話。
「親にも怒鳴られたことがないのに」
「のに」ってなんだ?
「のに、あんなに怒鳴るあの人は悪い人」?
「のに、あんなに怒鳴られるなんて私はひどいことしたのかしら」?
「のに、あんなに怒鳴られた私はかわいそうで、相手を責める権利がある」?
怒鳴った人からも、怒鳴られた彼女からも、話を聞いた。
どっちが正しいとも思わないし現場にいたわけじゃないので
私はジャッジする立場にはない。
しかし問題はだ。
「親にも怒鳴られたことがないのに」という言葉でもって
なぜそうなったかではなく
怒鳴られてしまったという事実に囚われて
相手を責めることで締めくくっていることだ。
彼女からは「私にも悪いところはあったけど」という言葉は聞かない。
あくまでも「あの人は私を怒鳴りつけた」ということだけが
彼女の中に残っている事実であって
そこにいたる過程には興味がないらしい。
あるいは、そんな過程はなかったことにしたいのかもしれない。
そういえば
先回書いた「私を嫌いならハッキリ言ってくれていい」発言について
私と共通の友人のM子は相談をした。
いったい彼女(A子としよう)にはどう対応するべきか。
その相談の中でM子が言った。
「実は前にも同じようなことがあったのよ」
初耳だったのでよく聞いてみると
「私のウチにA子が泊まりに来た時のこと
私がお風呂から上がって出てきたら
A子が本棚のところで私の私物を漁っていて
私が出てきたら、さっと元に戻したの。
それを私が見ちゃったこと、彼女気づいたと思うの」
「え、それって例えば日記とか?」
「そうなのよ」
(・・・確かにA子はしょっちゅう彼氏の携帯を盗み見ていた)
「それからなの。嫌いなら言ってとか、始まって」
「A子を批判するようなこと書いてたわけじゃないんでしょ?」
「うん、全然」
ははん。
どうやらA子は
自分にやましいところがあり、それを相手が察知したと思った途端
相手を悪人に仕立てて自分のやましさを帳消しにする
という癖があるようだ。
言われてみれば、あんなこと、こんなこと、合点が行く。
件の怒鳴った云々も、いきさつを聞くとそういう感じだし。
その前に妙に私に対して不機嫌だった時も
そうなる直前に彼女がポカをしていたのだった。
別に、全然大したことじゃないので
こちらも全然気にしておらず、忘れていたんだけれど
彼女の中では、「恥」だったのかもしれない。
だから、こちらの態度にやたら敏感になり
恐怖感から、責めるような態度を見せていたのだ。
あの後も結局
自分から歩み寄ってくることはなかったが
電話しずらかった、ということをメールしてきた。
電話しずらかったその理由は、私のメールの語気が強かったせいだと。
違うだろ。
電話してこないから、とにかく説明すべきは説明して
「だからもう嫌われたとか言うな」ってメールしたんだ。
電話しずらかったのは、謝りたくなかったからだろ。
また人のせいかよ。笑
ということで、その後彼女については放置を続けている。
彼女は明るくて楽しい子だけれど
仕事絡みでも「あの人にいじめられた」「この人がどうした」って
思い出してみればそういう言葉が多かった。
そういうエネルギーには近寄りたくないと思う。
今は仕事も順調で、頻繁に遊んでくれる友達も出来たので
わざわざ私に連絡してくることもないだろうけれど。
親にも怒鳴られたことがないなんて、不幸だなと思う。
例の「○○ちゃんじゃなきゃ嫌なんだもん。びえ~ん!」という電話に
母親は「そうやってダダこねるところが、あんたは可愛いねぇ」と言ったそうだ。
どんなことがあっても受け入れるよ、という愛情表現も大事だけど
肝心なところではビシっと叱りつける勇気が、親には必要だね。
自分のしたことから目を背けさせない訓練は
心が柔軟なうちに始めなくては。
親って大変だ。