再び皆様に関心のある宗教というジャンルで・・・・
昔から宗教を作り出した日本人たちが多くおります。
今日本を「神道の国」として導かんと騒がしいのですが、
元々は儒教から出でりの分派の道教から頂いたという話を
聞いたのですが、それを高みに変化したものという私は、
天皇教と思っています。
或いは海外から導かれた宗教も訳も分からず雑多にあります。
創価学会という宗教も私の若い時に4,5人に囲まれて執拗に
勧誘された時もありました。
私は自分が宗教人のようでしたので、頑固に断り続け、挙句
彼ら彼女らは諦めて「このくらいの人が入ってくれればよい
のになあ」と、諦め切れないような捨て台詞で立ち去りました。
今、問題となっているのは「イスラム教」を日本で拡散しよう
と躍起になっている外国人たちがたくさんいます。
日本各地で神社が燃やされ、豚舎が焼かれ、大損害です。
いかにも犯人は何処のどいつだ、と言ってるような錯覚を感じ
入ります。
非常に罪が重い。
信者が若しそうであったなら、強欲な宗教の姿が垣間見え
ます。
そんな宗教が日本に根ざしたらどんな日本が現出されるので
しょうかねえ。
まあ、各種宗教団体が日本にも数多くありまして、日本人たち
の一部は(約30パー) ほどですかね、でも日本の風習や慣習、
法律には準拠しているのですね、だから安全に日本国民として
従っております。
ですが、そのほとんどは既に頭打ちとなっていて、その他の
多くの民は、宗教に縛られていないのです。
そんな折、いろいろと制約を押し付けて来るイスラム法を
学ぼうとする人たちはご苦労様となり易いのです。
日本に住むための日本的制約であるならば順応できても、
流石に今までの慣習や法律さえも変えようとする宗教には
日本での住み易さを犠牲にしての行為となる以上、順応が
困難である。
女性の圧迫覆面姿はお世辞にも素晴らしい宗教とは言えまい。
男性でもそうですが、黒覆面とか、目出し棒とか、多く
犯罪者、若しくは犯罪を行おうとする姿そのものです。
入れ墨もタトゥーと言い換えて入れている人もおいでですが、
あれは昔の前科者たちへの確認のための物だった印であるの
です。
だから中央アメリカのある国では、そんな極めつけの入れ墨
者たちが多数刑務所でしごかれています。
男たちは「雄々しくあれ」と憧れられて、髭モジャや筋肉マン
を目指したりしますが、それは逆に言えば精神的な弱弱しさを
表現しているとも言えます。
男性はそのままでも、弱弱しくても(男性たり得る)のです。
一神教というのは、他の宗教への冒涜ともなり、その雄々しさ
を発揮せんがための喧嘩、放火、紛争、戦争をも誘発するの
です。