こんにちは。今年2回目のお話は、「脱線シリーズその2」です。健康とは関係ないのですが、一息ついてリラックスしていただければと思います。その意味では、健康的な話ですね。ははは。
これは、ちょうど20年前の、いわゆる卒業旅行での体験です。イタリア国内を5日間、その後パリに2日間という計画です。人生初の海外旅行、そして「一人旅」です。
いきなり成田で悪天候のため出発が3時間ほど遅れました。このためにパリの空港経由でローマ入りする予定でしたが、当日中にローマに入れなくなってしまいました。パリで1泊を余儀なくされ、入国手続きカウンターはごった返し、そのためかスルーで入国、ベルトコンベア式にバスに乗せられ、エールフランスが手配したホテルに輸送されました。
たまたま乗り合わせていた博報堂の人と一緒のホテルになり、せっかくだからと部屋で一杯やりながら話しをしていたら、「これも勉強のためだから、今からフロントに行って、明日のタクシーの手配を頼んできなさい」とアドバイスされ、フロントに向かいました。確かに勉強なのですが、既に一人旅を後悔するほどの緊張を強いられ、フロントに話しかけました。案の定、会話が成り立ちません。と言うか、相手の返事が全く聞き取れないのです。相手も深いため息をつく始末。「どうしたもんかね」という気持ちは痛いほど伝わってくるのですが、肝心の会話は成り立たないこの気まずさ。その相手が閃いて、紙に書き始めたのです。すると単純明快。「今日はもう遅い。明日の朝また言ってくれ。」思わず「アイム・ソーリー」と苦笑いを浮かべて、汗だくで部屋に戻って休みました。
翌朝は問題なくタクシーを呼んでもらえて、空港へ。ところが空港に着き、エールフランスから支給されたタクシーチケットを見せた瞬間、「ノン!フランで払ってくれ、フラン、フラン!」と運ちゃんが怒鳴り出します。実は、このとき私はフランを持っていませんでした。何故なら、フランスには帰りに寄る計画でしたからフランはまだ用意してなかったのです。暫くどうしてよいか分からず、押し問答が続きます。はっと気が付き「空港で換金してくるから待っていろ」と言うと「ああ、行って来い!」換金してフランを渡すと、急に愛想良くなって「ボン・ボヤ~ジュ!」
空港に入り、チェックインへ。またまた相手が何を言っているかわからない。結局「荷物を横の台に載せろ」と分かるまで20分。ほとほと困ったでしょうね、カウンターのお姉さん。次は、エミグレーションで問題発覚。実はこのとき、私はフランスのビザも持っていなかったのです!何故なら、ビザはイタリアで取ろうと思っていたからです(日本では大使館混雑のため間に合わなかった)。奥の部屋に連れて行かれ、尋問が始まりました。「英語は話せるのか?」と聞かれ「ほとんど話せない」と答えた時の相手の表情は一生忘れられません。「はん!だからイエローは困るんだ!」とこれほどまでに雄弁にジェスチャーで表せるとは。まるで敗戦国の屈辱を受けたかのような気分です。しかし、付き添い(?)のお姉さんは「ドント・ウォーリー」と優しく慰めてくれました。結局前日の到着遅延が確認され、不問に付されて、晴れてイタリアに向かうことができることになりました。
ところが、予約便のゲートまで行くとグランドホステスさんが「イッツ・トゥー・レイト!」
尋問を受けているうちに、私の予約した便は既に出発していました。次のイタリア行きは3時間後。こんなにジタバタしても何も始まらないという状況は、後にも先にもありません。しかし、ようやくイタリアに向かって出発できた時は、嬉しさと安心感で、無いとわかっているのにパーサーに向かって「日本語の新聞はありますか?」などと聞く余裕ができたものです。
憧れのイタリア、レオナルド・ダ・ビンチ空港に到着です。が、何と、空港職員がストライキ。欧州人は入国できるのですが、それ以外の国の人は足止めです。長だの列で2時間以上。人々にもイライラが募り、小競り合いが始まる始末。その横を後から来た日本人団体客が「はい、我々はこちらから出ますよ~。」などとツアーコンダクターに引き連れられてさっさと入国していきました。私もどさくさに紛れて出ちゃおうかと思いましたが、せっかくの一人旅。腹をくくって、待ちました。
結局入国できたのは、その日の午後2時頃。それでも、やはり目的の地に到着できたことは、大変嬉しく、まずは予約を入れておいたローマのホテルを目指しました。16:00頃にはチェックインを無事に済ませ、やっと一息。その後、近くを歩いて軽く食事でもしようと思い、まずはブラブラとスペイン広場周辺を歩いてみました。確かに「ローマの休日」で見た、あのスペイン広場に自分がいる。ヘップバーンが下りたスペイン階段に自分がいる。何とも言えない、非現実的な嬉しさでしたね。「これが海外旅行か~!」
しばらくすると、中年のおじさんが私に話しかけてきました。「旅行かい?どこから?」不思議なことに、苦難の道中では分かり難かった英語が、とても聞き取りやすくで聞こえたのです。つい嬉しくなり、「日本からです。初めてきました。」と応じました。そのうち「一人なら、良かったら一緒に食事でもしないか。近くに良い店があるんだよ。」などと誘われ、こちらも良い気分だし、つい親切な言葉に誘われ(優しい言葉に癒され?釣られ?)、路地の奥にあるお店に入りました。すると、いつのまにかその人は他のテーブルへ、私には若いイタリア女性が隣につき、小さなテーブル席へ案内されました。それがまたキレイな女性で、これまた分かりやすい英語で優しくお話してくれるのです。「じゃあ、まずビールをもらおうかな。」と注文すると、どこに売っているんだろう?というような試験管みたいに細長いグラスと4切れほどのサンドウィッチが出てきて、しばらくビールと軽いおしゃべりを楽しみました。2杯目のビールを飲み終えた頃(時間にして30分程)、女性が「じゃあ、そろそろお会計かしら」と言い、請求書を差し出しました。するとそこには「460,000リラ(46,000円!)」と書かれています。「え?これは無いんじゃないの~。」と(日本語で)言ったか言わないかの瞬間、オールバックの3人の男がサッと出てきて私を取り囲みました。一人がジャスト・マフィア!というような超~ハスキーな声で「何か文句でもあるって言うのか?」みたいなことを言ってきたのです。すると今度は、何と隣の女性がその男に向かって「失礼はおやめ!」とたしなめるのです。男はススッと身を引きます。女性はますます親切なそぶりで「この金額なのよ。わかるでしょ?いいこと?」と迫ってきます。3人の男がそれを見守ります。男達の無言の圧力と女性の親切なそぶりのギャップがそら恐ろしさを醸し出します。しかも、相手はまるで私の所持金を見透かしたかのように、ちょうどその時私が持ち合わせていた金額が50万リラ(5万円)でした。ほぼ丸々所持金を支払わされ、入り口まで見送られ、「ホテルまで送っていこうか?」と言われましたが、「いや、結構。歩いて帰れる。」と言ってその店を後にしました。
つまり、日本で言う「ぼったくりバー」、しかも、観光客相手専門の客引きと店がグルになった古典的なぼったくりにまんまと引っかかったわけです。生まれて初めての海外旅行、一人旅、その記念すべき初日に。若干23歳。「やはり、一人なんかで来なきゃ良かった」と自分を呪いましたが、後の祭りです。その後は、さすがにホテルに直帰して風呂に入って寝てしまいました。(因みに、このおかげで、目的地の一つ、ベネツィアに行くことを諦めざるを得なくなりました。)
この後も珍道中はあったのですが、特にこの日本を出てからローマの初日(時間にしてほんの2~3時間ほど)を過ごす1日半の間の出来事は、旅行中に誰に話しても喝采され、ある夫婦からはあまりに面白いので(気の毒なので?)、夕食をごちそうしてもらいました。
大久保氏も、この話を参考に、海外では気安く話しかけてくる輩には気を許さないように肝に銘じたのだと、20年後の最近になって話してくれました。お役に立てて光栄です。
ということで、日頃から気を許さず、健康に過ごしましょうね!では、See You!
*2008年の記事です。