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本日モ晴天ナリ (とけいのじかん)

趣味のイラストを添えて、風の向くまま気の向くままに、思いついたことを書いていきます。

 

原点へ

 

来週7/17()発売の「少年サンデー」の表紙・巻頭グラビアに、池間夏海さんが掲載されるそうだ。

それから、722日にデジタル写真集『池間夏海 ぼうけん。』の発売も決定したそうである。

ちなみに先日、ライジングプロダクションのホームページで先行してサンプル画像が3点公開されていた。

 

さっそく一枚描いてみようと思い立つ。

実は最近、池間夏海さんのイラストは画像をプリントアウトしてトレース(写し描き)していた。

画面構成の手間をはぶけるから製作時間を短縮できる上に、下絵がまるまる元の写真だから少しは上手にも描ける。

そういった意味では少々横着な制作方法といえなくもないがトレースも技術の一つである。

フリーハンドでなぞるのも修練が必要だ。

 

しかし何か味気ない。

描いていて自分自身つまらなくなってきた。

最近、いくつか写真からスケッチをしてみて、その理由が分かる。

たとえ2次元の平面的な写真を描き写していても、無意識のうちに人の脳は両目で立体的に捉え直そうとするし、そこに主観的な要素も必ず投影される。

当然フリーハンドで線を描けば、定規やコンパスを使ったように直線や正円は描けない。

つまり人の描く絵は、どこかが歪み左右均等にはならないのだ。

こうした歪んだ絵を我々は「下手な絵」と認識するだろう。

 

実際に上手な絵を描こうと思えば、どこまで、この歪みを補正するかにかかっている。

ところが近年デジタル技術の凄まじい進歩は、この補正を機械的に処理できるようになった。

色のグラデーションも同様だ。

パソコンの描画ソフトを使えば、コンパスも定規もスクリーントーンもエアーブラシも、もはや必要ない。

道具の進歩は素晴らしいことである。

近年のイラストやアニメはハイクオリティになった。

手っ取り早く上手に描きたいならパソコンを使えばいい。

もちろん使いこなすのは容易なことではないだろう。

 

しかし、この時代に自分が紙に鉛筆や絵の具で絵を描く意味は何だろうと自問自答してみた。

結論は「下手でいいのではないか」ということになる。

いや、ただ下手ならいいというわけでもない。

一所懸命に努力することも大切だ。

自分らしい自由な表現というのは、もっと重要なことだろう。

 

さて、その肝心の自分らしさとは何だろうか?

毎度ここでパタリと歩みが止まる。

もう何十年にもなる。

とにかく手描きの原点に戻ってみよう。

ひょっとすると今度こそ自分の絵が見つかるかもしれない。

まったくもって私もあきらめの悪い奴である()

(*`艸´)ウシシシ

 

  

 

追記

ちなみにその後、色調を変えるべくプリンターを調整していて退色復元機能というのを試してみたら、面白い色合いになったので、こちらもUPしておこう。