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本日モ晴天ナリ (とけいのじかん)

趣味のイラストを添えて、風の向くまま気の向くままに、思いついたことを書いていきます。

 

父と娘

 

今でこそ友達親子なんて言葉もあるが昔の親父は怖かった。

地震雷火事親父である。

さて、先日も書いたが軍国主義が猛威を振るっていた戦争の時代に、時子の父は兵器や戦争に興味がなかったようだ。

そもそも自己主張とは無縁の非好戦的な人物だったようである。

当時は肩身が狭かったのではないかと心配になるけれど、そういうことがあまり気にならない性質なのだろう。

むしろ欧米の先進的な時計メーカーに憧れていたのではないか。

ただ、普段から口数が少ないから滅多に口を滑らすこともなかったろう。

 

実際に時子の記憶の中の父は子煩悩で優しいけれど、無口で読書をするか、いつも時計をいじっている背中しか記憶にない人だったと思う。

なんだか捉えどころのない男である。

しかし、これまで何十年か生きてきて学んだのだけれど、この手の人間が極限状態には意外に強いものだ。

とにかく、当時の職人が仕事場で作業中に、娘が肩越しに見入っても気にせず好きにさせていたのだから、その溺愛ぶりも知れるというものではないだろうか。

ちなみに、ド近眼の彼はキズミ(時計用ルーペ)を眼鏡に直接かけられるように自作の金具を取り付けていた。