とけいのじかん5
行雲流水
行雲流水(こううんりゅうすい)
“空行く雲や流れる水のように、深く物事に執着しないで自然の成り行きに任せて行動するたとえ。
また、一定の形をもたず、自然に移り変わってよどみがないことのたとえ。▽「行雲」は空行く雲。「流水」は流れる水。”
かく生きたいと思いながら、いつも何かにつまずき、こだわり続けている。
それもまた人生だろうか。
この時期は歩道脇の花壇に色とりどりの花が咲いている。
もちろん誰かが草取りなどして花々の世話をしてくれているから、道行く私も毎年楽しませて頂ける。
ありがたいことではないか。
世の中はお互い様だ。
ちなみに私は草花をながめるのは好きだが育てるほうはサッパリ興味がない。
個人の趣味趣向というのもあるだろうけど、草花を育てる才能というのが産まれ備わっていないのだと思う。
自分にはないセンスだから、そういう緑を育てる手を持つ人を尊敬もしている。
さて、手持ちの中で行雲流水という言葉が一番似合いそうな時計といえばホーマー鉄道用。
本当に時計なんてこれで充分だと思う。
パッと見てパッと時刻が分かる。
結局、自分の時計道楽は、このあたりに落ち着きそうである。
ベルトを換えればフォーマルにもカジュアルにも使えて便利だ。
防汗くらいの性能もある。
ノンデイトのシンプル3針だから整備費用も安く済む。
でも、とうの昔に生産終了した時計なので、今のうちに修理用の予備の個体をもう一つ手に入れておこうかと思わなくもない…。
いやいや、そうやって時計病の無限ループ症状に陥るのである。
くわばら、くわばら…
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