福井県北部の山間部に在住する坂本松男さん(仮名・当時41歳)は、法事のために帰省した西の宮に住んでいる弟と2人、弟の好物で有る「山女」(ヤマメ)を釣りに行こうと言う事になり、自宅から1kmほどの山を流れる川に向かった。

 

兄弟と言えどお互い家庭を持つとそうそうめったに会えるものでもなく、また子供のころはこうして2人で良く釣りに出かけたものだが、おそらく兄弟で釣りに出かけるなど何十年ぶりだろう、懐しい景色と共にしばし子供の時間に返った2人は梅雨の晴れ間の蒸し暑さの中、触るとかぶれる蛾の幼虫を餌に山女釣りに興じていた。

 

だが山女は中々釣れず、かろうじて弟が20cm程のものを2匹釣り上げただけで、坂本さんの竿にはどれだけ深みに浮きを投げようと、一向に山女は食いついては来なかった

「昔を思いだすな・・・」坂本さんは弟に話しかける。

「兄貴は昔から釣りが下手だったからな・・・」

「そう言うな、ウグイはお前より大きなやつを釣ったじゃないか」

 

「兄貴、ウグイは誰でも・・・」

そう言おうとして坂本をさんを振り返った坂本さんの弟、だが彼の言葉は何故かそこで途切れてしまう。

 

「ウグイがどうしたって・・・」

「兄貴、上、上を見ろ」

「んっ、何だどうした」

「でっかい蛇だ、上から落ちてくるぞ」

 

坂本さんの弟は早く逃げろとばかりに坂本さんの上の方にかかっている栗の木を指さした。

慌てて上を見上げる坂本さん。

何とそこには体長2mは有ろうかと思われる大きな青大将が、今しも木の枝から落ちそうになっていたのである。

 

そして坂本さんが間一髪で身をかわした直後、その水道パイプ程も太さが有ろうかと思われる青大将は、ドスっと鈍い音を立ててさっきまで坂本さんがいた場所に落ちてきたのだった。

 

ウロコの一枚々々がはっきり目で見える程見事な青大将、普通青大将はめったに木に登らないものだが、何か獲物を追って登ってしまったのだろうか、地面に落ちてひっくり返り、体勢を立て直そうと必死の様子だったが、坂本さんたちにも気づいていたのか、体勢を立て直すとさほど慌てる事もなく、近くの岩肌を逃げていこうとしていた。

 

だが、この時また坂本さんの弟が何か大きな声を上げたかと思うと、次の瞬間彼は青大将を追って坂本さんの近くまで急ぎ足でやって来て、その青大将の尻尾をつかんで引きずり降ろしたのである。

 

「おい、何をやってるんだ、そんなもの捕まえてもどうにもならんぞ」

蛇の苦手な坂本さんは呆れたように弟に話しかける。

 

そしてこれに慌てたのは青大将だった。

まさか尻尾をつかまれるとは思ってもいなかったに違いない。

力を入れて逃げようとしたが坂本さんの弟が中々手を離さないものだから、今度は鎌首をもたげて威嚇して来た。

 

その姿を間近に見ることになった坂本さんと弟、だが彼らはその瞬間、完全に言葉を失った。

 

「何だこれは・・・」

笑って良いものか、いや笑いでは無い、何かしら得体の知れない恐怖かも知れない。

 

坂本さんと弟は顔を見合わせると、思わず身震いが走ったような気がしたが、無理もない、何とその青大将の頭には丸い耳が付いていたのである。

 

それもまるでネズミの耳のような小さな可愛らしい耳で、何かゴミが着いているのでは無く、ちょうどネズミの耳から毛が抜けたような綺麗な耳だったのである。

 

「捕まえて持っていこう」、そう言う弟、しかしこの山の中でこの青大将である、後で何か障りが有るといけないし、それに明日は祖父の33回忌法要だ、「放してやろう」と坂本さんは弟を諭す。

 

渋々とつかんでいる青大将の尻尾を放す坂本さんさんの弟、それから急いで家路に向かった2人は、家に帰ると早速件の青大将の話をするが、意外にも坂本さんの父親(当時76歳)も子供の頃、やはり耳の付いた蛇を見たことが有ると言う。

 

しかもやはり坂本さん兄弟が見た耳と同じように、その耳はネズミの耳にそっくりだったと言うのである。

 

何とも不思議な話だが、蛇の耳に関する話は山形県、新潟県、愛知県、静岡県、栃木県、富山県、石川県、福井県、鳥取県、岡山県、山口県にも目撃例が有り、ここに挙げた地域には今だに証言者が存命である。

 

しかも蛇の耳はその地域によって青大将のの場合もあれば、カラスヘビと言う青大将よりは小型の蛇の場合も有り、シマヘビの場合もあるのだが、その耳の形は一様に「ネズミの耳」のようだったと証言されている。

 

世界中で蛇を神や悪魔の使いとする神話や伝説は数知れず存在する。

その意味では良くも悪くも蛇は人間と接点の大きな生物なのかも知れない。

 

だが、如何に多くの神話や伝説に登場しようと、耳の有る蛇に関する記述や伝説はこの日本の地方の目撃例と、グアテマラの古代神「グクマッツ」、つまりマヤ文明の至高神「ククルカン」しかない。

 

[本文は2012年5月27日、Yahooブログに掲載した記事を再掲載しています]