いろんなことがありすぎて、更新ができませんでした。

前回は失恋で終わった話ですが、その失恋が

結構尾を引きずりまして、かなり苦しんでいました。
むしろ今も続いています。夢にまで出てくるとは。

自分が自分らしく生きられない相手と一緒にいて
果たしてしあわせなのか?と考えたときに
強く「否」と言えるのですが、それでもこんなに

引きずってしまうのはなぜなのか。
久しぶりに恋愛らしい状況になったからかなー
(お付き合いしたわけじゃないけど)、と。

 

私は、自分のことを大事にしたいと思います。
「我が強い」と昔から言われてきましたが、

「自分」を持っていないと生きられなかった

現状でした。

 

妥協はしても、まるっと自分を変えることは

できません。

私が私でなくなったら、なんのための私なのか。


そして、「愛され女子」とかいろいろ女性で

あることで求められる「枷」にしんどい気持ちで

います。

 

失恋の相手は言いました。

「男は、仕事で家族を養わないといけない。
そして、仕事にステイタスがないといけないんだよ。」

むしろ、それだけで済むのであれば、

私は男性に生まれたかったです。
ずっと、昔から。



女の子なんだから。
いつもきれいにしていなさい。
笑顔でいなさい。

気が利く人でありなさい。

家の手伝いをしなさい。

…昔から言われてきたこと、ずっと「くそくらえ」と

思っていました。

 

人として「当たり前」のことをすることに対しては

別に拒絶反応は出ないのですが。

 

「女性らしく」

髪を伸ばしたら?
スカートはいたら?
ヒールの靴をはいたら?
化粧したら?

「男は女性に『異性』を求めるものやで?」
じゃ、あなたは?どうなの?
男性らしくどころか、最低限の人としての
振る舞いさえできてない。

容姿に恵まれなかった自分は、それだけで
人から愛される資格はないのか?

 

私は、対等に「ひとりの人間」として

扱ってくれる人を求めているだけで。

それだけで「高望み」と言われるのですから、

本当に「くそくらえ」です。

青いのは空の色か、自分の気持ちか。

前回のブログから半年以上が経ってしまいました。

更新をしようとは思っていたのですが、仕事の多忙さと

気持ちにちょっと負けていました。

●3月…おんぶにだっこでいろいろ教えてくれたり、
 迷惑をかけたりした相方の先生が異動になる。

●4月…新しい相方の先生は、年が15歳も上で

 新任の人で、いろいろバタバタする。

●5月…お金のないゴールデンウィークを過ごす。
●6月…お金のない6月を過ごす。
●7月・8月…暑すぎる夏と、行けないプールと。
●9月…好きな人が元カノとヨリを戻し、結婚する
 ことを知る←New!
 

こんな感じでした。

NHK朝の連続テレビ小説の「半分、青い。」の主人公に

「久遠さんを重ねて観ている。」
という人が職場に続出し、自分も見ることに。
確かにちゃかちゃかして、空気読まなくて、言葉遣いが

変で、名前も変。そして、左耳が聞こえない。
いろんな共通点があり、彼女の人生と自分の人生を

重ねて見ていました。
「やってまったー」と言いながらも前へ前へ進んでいく

彼女の生き方は見習うところがあるな、と思いました。
失敗を恐れてはいけない。やると言ったら、やる!
ま、私の「律くん」は女の子なんですけどね!

新しい相方の先生は、どんな人かと最初はドキドキしましたが、

お付き合いしてみると気さくで面白い先生でした。
傍若無人で、机を整頓しなくて、言葉遣い悪い私でも

「いいさー、気にすんなー。」
って笑って受け止めてくれる人。

私のマニアックな話題にもついて来られる人です。

4人目の相方さんも素敵な女性で私はとてもうれしいです。

そして、私も周りの人に負けないような素敵な女性に

なりたいです。

 

美しさは期待できないとしても、人としてのかわいらしさとか、

真面目さとか、誠実さとか。

「あなたがいてくれたら安心感がある」

そう言われる人に私はなりたいです。

好きになった人は私とは違う人を選びました。

まぁ、いつものこと。
でも、今回違ったのは私には「可能性が広がった」ということ。

できることが増えた。ひとりでも戦える勇気と知恵と
自信がついた。女装もできるようになった。
まだ少し自分の殻には入っているけど、5年前の私とは

全然違うぜ!!
そして、責任感と決断力と実行力のある、カッコいい私に

魅力を感じなかっただなんて、彼もまだまだだなぁ、と

上から目線で言ってみながら。(そしてそんな「男らしい」
暑苦しい自分を私は大好きだし、大切に思っています。)

 

今度私が好きになる人は、どんな私であっても私のことを
大好きな人で、大事にしてくれる人。
私が失敗しても笑って「大丈夫!!」って言ってくれる人。

私のすることを尊重してくれる人。
嘘ついたり口先だけの約束をしたりしなくて、「ボクが
やるよ!」と積極的に言ってくれて、仕事を真面目にする人。
お家のことも自分のこともきちんとできる人。
タバコをすわない人。背が高くてお金持ち。

安心感があって、手先が器用で何かモノを作るのが好き。

楽しいことが大好き。そして、笑顔が超ステキ!!

という、私にはもったいない位の人です。絶対に。絶対にね。
だから、私は大丈夫。

毎日自分ができることを一生懸命こなしていきましょう。

笑顔でね。

春はやはり心がザワザワします。

思い出したことがありました。
私は一時期、人との関わりを極力避けていた時期が
あるのですが、その理由というのが

「みんな私のそばからいなくなってしまうのなら、
 最初から仲良くならなければいいよね。」

というもの。
まぁ、いろいろこじらせています。

実際ホントに、人生の区切りで離れてしまった人もいるし、

仲違いみたいな残念な形で去っていった人もいます。
自分から距離を置いた人も。

派遣という働き方をしていた時には、本当に「その場限り」の
お付き合いで。
私は仲良くしたかった人もいるけど、いつの間にかみんな

周りからいなくなっていました。
(私、長いところでは7年とかいたんですけどね。)

毎回変わるメンバーに、心が不安定になったこともあります。

いわゆる「普通」の生活に戻ったこの4年近くの間に

分かったことは
「人は人によって磨かれる」
というものです。

正直しんどいこともあります。
腹も立つし、涙も流すし、ご飯がのどを通らなかった日も
あります。
だけど、どんな人であっても私の前にいる人は
私の「鏡」で。
いい行いを見せる人には見習わないと!と思いますし、
「ちょっとな…」と思う人には「自分は同じことをして
いないかな?」と立ち止まったりするキッカケになります。

さて。先日とある人に
「久遠さんがいつもそこにいることに安心感があった。」
と言われました。
最近の私は「そこにいればいつもいる人」を目指していたので、

そう言われたことがとてもうれしかったのです。

なぜ「そこにいればいつもいる人」を目指したかったのか、
というと、自分自身が「周りの環境や人が変わる」という
ことに心が不安定になるのであれば、逆の発想で
「みんなが、いつでも戻ってこられる場所の人になろう」
と思ったからです。

去る人は去るだけだから、きっとさみしさとか感じている
暇なんかないのでしょうが。
残る人間の方が胸に痛みを感じるのかもしれませんが。
それでもいつか「あの場所に戻りたい」と思った時に
私がいれば。
「おかえり!元気だった!?」
と言ってあげられれば、いいのかななんて考えています。

2年ほど前に、「お付き合いしていると自分が病んで来る」
という理由で関係を切った友人がいます。

彼女と私とは年は近いけど、今生きている「場所」が違う。
彼女が「持っていて」、私が「欲しかった」もの。
たくさんある「幸せ」に対して、彼女は文句ばかり言っていました。
私との「小さな約束」をたくさん守れなかったことも理由です。
詳しい話はまぁ、いいとして。

彼女と似たような人、私の人生に再登場です!
今度は年も近く同じ独身ではあるけど、彼女は公務員。
私は非常勤職員という働き方の違い。

彼女に会うと、いつも仕事のグチや文句を聞かされます。
でもそれって、やっぱ「自分が選んだ道」じゃん。

「21歳で今の仕事について、17年ずっとやってきたの。
この『盾』を失くせば私は死んでしまう。」
彼女は言いました。

好きかどうかはわからないけど、17年してきた仕事に対して
そんなに文句ばかり出るなら、辞めても良かったんじゃない?
って。短い人生なんだからさ、もっとラクに行こうよ。

私の場合は、自分が望んでいたけど「強制終了」してしまった

仕事ばかりで。(体力や精神が追いつかなかったからだけど)
今だから思うけど、いろんな経験をさせてもらって良かったと
思っています。

デザイナーを辞めてすぐは「こんな潰しのきかない仕事に
なんで4年半も費やしたんだろう?」って思ったし。
「今さら、何の仕事をしたらいいんだろう?」って思ったし。
大学の技術補佐員をして、レストランのウェイトレスをして、
派遣でいろんな仕事を経験して…流れ流れて今の場所に
落ち着いたのですが、少なくとも今は「私、何をしても
生きていけるわ!」って思えるのです。
ま、苦手な仕事もあるんですけどね。

矛も盾もなくても、私は身一つで闘える。
いざという時は、アルバイトでも何でもするわよ~!
専門職に憧れたし 嫉妬もしたけど、マルチプレイヤーの
自分に誇りを持っています。

結構長い時間を「自分は不幸だ」と思って生きてきました。
理由は長くなるので、詳しくは書きません。

友達が次々に結婚していって、独身は自分だけ…みたいな

状況になってしまい、「結婚できない自分ってどうなんだ?」
と悩んだ時期もだいぶ長かったです。

今年に入って、昔大好きだった人に言われた
「与えられた状況で、いかにしあわせに生きるかを考えないと」
という言葉を反芻しています。

「ない」ものに目を向けたら、確かに「ない」ものばかりで。

 

今の私にとっての今のしあわせとは
●自分のことに集中できる
(他の家族のことについて振り回されることがない)
●したいと思ったことが、機会やお金の制限があるとしても
自由にすることができる


…というところでしょうか。
独身ならではの「自由」というか。だからこそ、何かあった時に
「自分のため」だけでなく「他人のため」にも働ける
自分に誇りを持っています。

確かに、他の友達みたいに結婚して、子どももいて…というのは
憧れます。
離婚したにしても「誰かに選ばれた」というのは正直
うらやましいと思う。
けど、考えてみれば私という人間は昔から「型にはまらない
個性派」だったわ、ということを思い出しました。
誰かと「同じ」である必要はない。

私は私のオリジナルの人生を生きよう!
今できることを、楽しもう!!

知らない間に年が明けていました。

昨年は年末から風邪を引いており、「紅白」も「ゆく年くる年」も
「ジャニーズカウントダウン」さえ見ずに年を越してしまいました。
年賀状は40枚買ったのに、結局3枚しか書かなかった…。
お返事書こうと思いながら、書けずに今日になってしまいました。
そんなダメな大人な私でございます。


そんな私の今年の目標は昨年と同じ
「誰かの偽者ではなく、本物の自分になろう!」
「したいと思うことは、できる限りやってみよう!!」
です。

誰かを羨んでその人の「偽者」になることをめざすのではなく、

唯一無二の自分を極めるという、とても難しいことに
取り組むわけです。
「いつもそんなステキな格好でいられるといいね。」
という誰かさんのセリフを間に受ける、単純さん。
でも、いつもステキな自分でいたいというのは本当です。

「見た目を良くしよう!」
とチャラい人にそそのかされて髪を伸ばして、スカートを
はいて、ヒールをはいて、

「こんな私は『私』じゃない!!」
「見た目を変えたけど、ちっともモテないじゃないか!!」
と腹を立てた時期もありました。

でも、私は騎士ではなくお姫様にもなれるんじゃん、と
思ったら、だまされて良かったのかな?うーん?という感じです。
(ニワカなので、言葉遣いや振る舞いは今までのまま。)

「したいと思うことは出来る限り…」は、今までの「仕事しか
していない!」の生活だと、きっと死んだ時に
「私、何のために生きていたの?したいことを何かにか理由を
つけてしなかったなんてバカじゃないの!?」
と思うなぁ、と思いまして。

ただ、いろいろピンチなので、お金を稼ぐ方法もちょっとずつ
考えながら…の今年にしていこうと思います。

年末、アホみたいに冬の洋服を買ってしまいました。
でも素敵なお洋服を試着してみて、お姫様になれる自分に
うれしくなってしまったのです。(錯覚かもしれませんが。)
だから後悔はしていません!!
ユニクロのお洋服を着ない私だっていたっていいじゃない。

そして今日は呉服屋さんの初売りに行き、カッコいい帯を
買ってしまいました。
お姫様のようになれる自分に…(略)、着物はこれから

いくらでも着るつもりなので後悔はしていません!!
 

あんまりにいろんなことを理由にして、いろんなことを
あきらめて来てしまったのです。
それで一番大事な「時間」を失ってしまったわけで。
もっと時間を大切に生きて行こうと思います。

…ネットをする時間を減らして、もっと文化的な活動に

時間を割かないといけないですね。(笑)
がんばりましょう!!

今日は雨が降らなかったので、比較的元気でした。
先日は頭が痛い・腰が痛い・メンタル病んでるという
とてもとてもよろしくない状態でしたが、やっぱり寒いのは
いけません。

さて、「持たざる者」の私が、今年お世話になったお茶の
先生の教室の「初釜」に行きたいと思い立ちました。

初釜には着物を着ていかなければいけないらしい。
先生は「付け下げでいいのよ」とおっしゃるが、そんなものは

我が家にはない!!
私が持っている着物は、成人式の振袖のみ。
さあ!どうする!?

お茶の先輩に聞いてみたら
「振袖でいいじゃない」
…相変わらず、軽い返事だ。いや、いいんだけどさ。
私、32歳の時にも「振袖ちょっと、どうなの?」って思ってて。

何気に我が家の母親に「初釜に行きたいのだが…」という
話をしたらば、
「昔(母親の若い頃に)作ってもらって着てない着物がある!」
という、話になりました。
でもって、着物に全く興味がない母親が、持っている着物が
何なのかということを全く知ることはなく…。

途方にくれても仕方がないので、着物に詳しいらしい
知り合いに手持ちを全部持っていって聞くという、
暴挙に出ました。

軽く見てもらってから、彼女の行きつけの呉服屋さんに

持っていき、詳しく見てもらいました。
結果、直せば着られる着物が2枚、衿を替えて直せば
着られる襦袢が2枚。
お茶会には「振袖でいいんじゃない」ということに
なりました。

ただ、かなり久しぶりに成人式の着物セットを広げて
みたので、着物には軽くカビが生えていたり、襦袢の
衿が変色していたり、付属のバッグと履物は経年劣化
していました。
…うん、バッグと履物は仕方がないさ。

新しいバッグと履物、振袖のクリーニングという、今回の

初釜に使うものだけで6万、着物の直しで7万という感じで、

軽く意識が飛びそうになりましたが(1ヶ月強のお給料分よ?)、
先々のことを考えるとこれは「投資」なんだと思いました。
レンタルで借りたとしてもきっと同じくらいの値段はする
はずですし、いつか近い未来で「着物を着てお茶会に
行きたい!」と思った時に直した着物を着ることが
できるのです。

サイズの小さい着物をたんすの中にしまいこむよりも、

直して自分が着てあげたらきっと着物も喜ぶことでしょう。
何よりも、思い入れのある振袖をもう一度着られるというのが

私はとてもうれしいです。

--- ◆ ---

本当は成人式はお金をかけないように、スーツを着ようと
思っていました。
その当時大好きだった人(つきあってはいない)がいて、
なぜかその人に無性に

「着物を着た自分を見せたい」
と思って着物を母親と一緒に見に行きました。

呉服屋さんに「赤は若いうちしか着られないから」と
赤い着物を3枚ほど羽織らせてもらったあとで、

「どの着物が着たい?」
と聞かれ、
「あれが着たい」と指差したのは青い色の着物でした。
成人式の会場では青い着物を着ている人は少なく、
とても目立ちました。
大好きだった人は突然私の前から姿を消し、結局
着物姿を見てもらうことはできませんでした。

赤で細かい模様の着物だったら、今回はちょっと着るのが
無理だったそうですが、模様が裾の方にしかない
落ち着いた感じの着物だから呉服屋さんにも
「大丈夫」と言ってもらえました。

成人式の時に着物姿を見せたかった大好きな人は
今はどうしているのかは知りませんが、長い年月を経て
「この着物を着た自分を見せたい」
と思った人は、その人に面影が似ています。

11月です。
気がつけば、今年のカレンダーも残り2枚となりました。
結果はどうあれ、今年は「行動した」ということで、
自分で自分を誉めてやりたいと思います。


さて。
先日、ちょっと悲しいことがありました。

以前格安でチラシのデータを作っているのですが、
そのチラシのデータを断りもなしに2次利用されていました。
お金がないのはどこも同じで、なるべくお金を使わずに

チラシを作りたいという気持ちはよく分かります。

ただ自分の作ったチラシを、勝手に改変して

世に出される、そして自分がそれを見てしまうというのは

気持ちのいいものではないな、と思いました。

カッコいいチラシになって出されたのであれば、「まぁ、

仕方ないよね」と思いますが、大体においてひどいことに

なっているわけで。
私は自分の作ったチラシが好きだし、他の人にそんな

下手くそなチラシを作っているとは思われたくないです。
ほんのちっぽけなプライドですが。
ひと言
「チラシをちょっと変えてつくりたいのですが、いいでしょうか?」
と聞いてくれれば、多少ひどいことになっていても

覚悟ができるのに。

悲しいことになってしまった自分のチラシを見て、ショックを

受けることはないのに、と思います。


モノを作ったり、技術を売って生きている人間以外の

人たちは、その「裏」でどれだけの努力や時間が

その人が使っているかを知ることは少なくて。
デザインの話でいえば、
「こんなの、パソコンができればすぐでしょ?」
って思うに違いありません。

こんな言い方するとアレですが、私のチラシのデザインは

 

私が小さい頃から書き続けていたイラストに費やした時間
+私が大学で学んだ美術の時間と技術
+私がデザイン会社でOJTで学んできた時間と技術

 

が根底にあって。

決して「タダ」ではありません。
それこそに私の人生の15年以上を引き換えにして得たもので。

よく言われる
「好きでやっていることなんだから、安くてもいいでしょ?」
みたいなことは全くありません。
今の私はどちらかというと、絵を描くのは嫌いですし。
できればあまりしたくない。

チラシ表裏 1枚5000円なんて、時給に換算したら全然
割に合わないですし。
割に合わない仕事の上にそんなデタラメなことをされたら、

私はとても悲しいです。

自分を大切にするためにも次回、そこからチラシの

お仕事が来た時にはきっぱりとお断りしようと思います。
やっぱり勝手に2次使用なんて、してはいけないですし。
それは私じゃなくても、他のデザイナーでも作家さんでも、
クリエイターさんでも同じことですから。