ここ2、3週間ばかり、強い感情に揺さぶられ、
かなりキています。

ここ2、3日ばかり腹を立てていたこと。
3年前に知り合いにお見合いの話をお願いした時のこと。
失恋したばかりだったので、かなり切羽詰まっていた
私は、苦しみから逃れたいとある人に恥をしのんで
「誰か紹介してほしいです。」
とお願いしました。
いや、このお願い苦手な人が、ほんとよくお願いしたわ。
その人は自分のことでいっぱいいっぱいだったのか
お見合いの話はそのままうやむやになってしまったのですが。

そんなことをふと思い出して、仕事場の同僚に
「あの時に誰か紹介してもらえていたら、

今頃この仕事を辞めなくても良かったのかもしれないのにね。」
と言ったら、
「『久遠さんに紹介したけど、うまく行かなかったのよ』って
聞いたことがあるよ?」
「『いろんな人がいるから、あれこれ選んでも
仕方ないしー』とか。」

 

…誰も紹介されていませんが‼
なんで知らない間にダメになってる?

何ていうか、自分は人様に「この人、とっても素敵な人なのよ。」
なんて手放しで紹介されるような人間でないことは十分に
分かっていますが。
見た目がいいわけじゃない。お金持ちでも、家柄が
いいわけでもない。
唯一の取り柄が「クソ真面目」でしかない。

でも、ショックでした。

あれから
「自分はなぜ結婚したかったのか?」
と考えた時に、結婚したかった理由が大したことないもので
「そんなんなら別に結婚しなくても良くないか?」と思ったので、

それはまあ、いいや。
私は自分が稼げる人になって、悠々自適に生きられたら
それが一番気楽だし満足です。

今までいろんな人に「高望みなんじゃないの?」とか

さんざん言われましたが。
高望みなわけじゃない。

個性的な自分を受け入れてくれる人、となった時に

「(いわゆる)普通の人じゃ無理じゃん。」
という話であって。

そもそも出会いの少ない環境にいて出会えなかったわけで。

 

まぁ、もう過去のことなのでそんなことはどうでもいい。

 

今日その人が、
「どうせ辞めても、久遠さんはすぐにこの職場に帰ってくるし。」

と言っていたという話を聞きました。

 

なめんなよ。

こちとらただのうつ病サバイバーじゃねーぞ。

 

潰しが効く自分になるために、自分がやりたいことを
分かんないなりに、いろんなことをやってきたんだ。

 

吹雪の日にクリーニングの券を外で配ったり、

遠方に行ってバナナのたたき売りしたり、

苦手なテレアポの仕事だってやってきたんだ。
結婚式場だって、宴会の調理補助だって、

DMのシール貼りだってやったんだ。

 

負けられないな、と思います。

今日は某所でボランティアをしてきました。
子育て事業のお手伝いです。

昨年12月の中ごろにそこにたまたま行った時に
今日の事業についての話を聞きました。
「水曜朝は今は仕事があるんで無理ですけど、
 素材の提供くらいならできますよ。」
ということで話をするのですが、どうやら私に
全部丸投げしそうな雰囲気。
「ちゃんとご自分で考えてくださいね。」
とお伝えし、その時は去りました。

年末26日に、自分の持っているスクラップブッキングの
素材(捨てなくて良かった!)と紙の素材集の本を
持って行ったところ、担当さんはお休みでした。
こと付けだけして帰りました。

年が明けて5日。担当さんから
「9日に打ち合わせというお話でしたが、
 用事ができたので、できません。」
というメールが来ました。

 

その後、

「ひとりお申し込みがありました。」

という連絡を最後になしのつぶて。

 

さて、今日はどうするのだろう?と行ってみたところ、

担当さんはまたしても休み。
他の人が今回の事業を代わりにしていたのでした。

あてが外れたから私に連絡をするのも嫌になったのかもしれませんが。

困っているのであれば、「こういう風にしたいのですが、
うまく行かないけどどうしたらいいでしょう?」とか
相談くれれば良かったのに。
(だけど、あくまでも丸投げは嫌。)
お休みならお休みと連絡をくれれば良かったのに。

なんだろう。
この人にとっての仕事はそんな程度なんだろうな、と
思いました。
聞けば職場の人とあまりうまく行ってないみたいだし。
すぐに「辞めます」とか言っているみたいだし。

私もボランティアで丸投げじゃなくて、ちゃんと講師として
謝礼をいただけるという立場だったらば、そこまで
放置プレイはしないのです。
忙しいとは言っても、お金が発生する以上、責任が
ありますし。

今はほぼ関係ない立場にあって、そこまで求められるので

あれば、それは違うだろう、と思いました。

その人にとって見れば、
「私の代わりにやってくれる人がいた、ラッキー☆」
と思ったかもしれませんが、その代わりにいろいろなものを
失くしたと思います。

今日事業をしてくださった方に
「担当さんに怒りのメールでも送りましょうかねー」
と言ったところ、
「何言ったって『ごめーん』で済ませるの腹立つから、
 やめた方がいいですよ。」
ということで、やめました。
その人のためと思って行ったことが流されたり、
余計なお世話と思われるのであれば、それは
無駄な労力です。
 

19、ハタチの小娘なら、「世の中を知らないんだもん、
仕方がないよねぇ」で済むところですが、
50も過ぎたような人がそんなんでは悲しいですね。

基本的に助けを求められたら、
「分かった、やるよ!」
というスタンスではいるのですが、やっぱりその人自身が
何らかの形でがんばっている姿とかを見ないと
お付き合いする気を失くしますね。

あけましておめでとうございます。

年末年始らしくない、穏やかな日々を送っています。
朝ゆっくり寝ていられるのが、こんなに幸せなことだったのだろうかと

何かに追われないで過ごせるのはいいなぁ、と正月休みを満喫しています。
(早起きしないといけないと思うとなかなか寝付けないし、夜中に何度も
目が覚める気が小さいワタクシ。)

本は全然読めてないのですが、好きな音楽を聴きながらだらだらする。

やー、いいですねぇ。

このところ、お買い物に行っても、モノがたくさんあるのに
欲しいものが売ってないのですよ。びっくりするくらい。
買いたいものがマニアックすぎるのかな。

半紙を箱買いした時に入っていた箱が傷んだので代わりになる
お道具箱みたいなのを欲しくて買いに行ったのですが、

ありませんでした。
仕方がないので、アマゾンで注文したのですが

店頭でモノが売れなくなるのと、ネットでしか買わなくなるのは
負のスパイラル的なところがあるかもしれないなー、と思いました。

売れないものを置いても仕方がないですしねぇ。

モノを売る仕事をしようと思うと、難しい時代なのかなぁ。
モノに物語を付随させて売るのか、モノの先に豊かな生活を

想像させて売るのか。

百貨店のチラシを作っていた時に、先輩にもそんなことを

言われたのを思い出しました。(2000年ごろ)

今年はコロナのせいか何だかよく分かりませんが、
「久遠さん、助けてよ!」
と言われることが多く、いつの間にか仕事を4つ掛け持ちすることになりました。

…いや、私はそんなに働きたいわけじゃないんだけど。
1つ目の、昨年夏からしている掛け持ちの仕事は、

サブリーダーとその人について行った人がやめてしまったことで

人が足りなくなり、「週1回でもいいから!」と入ることになりました。
あまり乗り気だったわけでもなく、断る理由も特にないので
「週1回、3時間程度ならいいか。」

と最初は思っていたのですが、ふたを開けてみたらなぜか

本業と同じ時間くらい働いているでないの。(公休日に働いています。)

「一応、本業もあるんで、もう少しゆるーく働きたいんです。」
とはなかなか言えず。
本業と似たような業務内容のため、早い時間に来てほしいのも分かるし、
子どもがいる時間にいてほしいのもよーく分かるわけで。
何だかそれでも、新しい人(週1回ではなく、週3回くらいで入ってくれる、

志の高い人。できれば仕事ができる人。)が入るまで…と思っていました。
 

思っていたんです。
 

 

思っていたんですけど。


何となーく仕事が回ってしまうところで、人を補充してくれないという

ちょっとした悪循環になってしまっているのでした。

2年後、新しいリーダーに交代するのであれば、今のままの体制は

非常に危機感を覚えるのですが。

サブリーダーになれるような若手を育成しないといけないと
思うんだがなぁ。
私がサブになればいいんだけど、お給料は今の本業と変わらない
というのであれば、意味ないしなぁ。

もっと他の人を信頼して仕事を振れればいいのになぁ。

しかし、そんなことは私の考えることではないです。

 

 

いろんなところで掛け持ちして思ったことは、誰でもできるようなことを
やってくれる人がいないとかなり大変なんだなぁ、というところで。

私の弟はひとりで店を経営しているのですが、あっちこっちに書類を

取りに行かないといけなかったり、銀行に行かないといけないことがあって。

移動や待ち時間で結構時間を取られるところで、きっと私が弟だったら
「この時間にもっとできる仕事があるのに!誰か代わりに行って!」
と思ってしまいそうだなぁ、と思いました。

店の掃除とか書類の整理とか、誰でもできそうだけど結構余裕がないと

おろそかになりがちなところで。

「(別に私じゃなくても)誰か事務員さん、入れればいいのに。」

と言ったら、

「前の会社ですごく仕事ができる人を引き抜いたんだけどね、

 その人おしゃべりで、人に余計なことをしゃべるから辞めさせたんだよ。」

という話です。口は災いの元。
 

 

今までいろいろな場所で働いてきましたが、人間関係が一番大変で。

仕事の内容云々より、人間関係が良くないとなかなか人は居つかないなぁ、と

つくづく思います。人は相性があるから大変です。

 

それもそうだし、お金を出して雇うからにはきちんと仕事してほしいし、

長く勤めてほしいというのも良く分かります。

仕事を教えるのだってかなりのコストがかかりますし、せっかく仕事を

教えたのにすぐ辞められたら、今までの努力が無駄になったような

気がして悲しい気持ちになります。

 

「自分がたくさんいたらいいのになぁ。」
って思ってる人ももしかしたらいるかもしれないですね。

今年の私はいろんな意味で「モテ期」のようです。
ありがたいお話ですが、気持ちが揺さぶられてばかりなので、
「勘弁してください!」というのも正直な気持ちです。

そんなこんなで、お見合いの話が来ました。
私としては「私はひとりでがんばっていくんだ!」という
覚悟もある程度できましたし、いわゆる「女性らしさ」と
いうものを自分には求めていないので、
どうしようかな?とも思ったのです。
お見合いも何回かしてみたけど、そもそも結婚なんてものは、
求めてない気がする。
子どもだってほしいと思ったことがないのです。

「会わずに断るのも申し訳ないから、とりあえず
 会うだけ会ってみることにしよう。」
と思いました。
(それもある意味、相手には失礼な態度なのかもしれませんが。)

そもそものところで、「女の人」である自分が嫌なのです。
「私は男だから!」
と宣言したこともありますが、それでも

性同一性障害とは違うようです。
私は男の人になりたいわけでもないようで。
「これは一体何なんだ?」
と考え続けている自分がいるのですが、答えは出ていません。

「男だろうと女だろうとどっちでもいい。
 私は『私』なんだ。」
というのが近いのでしょう。

女の人として求められることが多すぎるのが
もうすでに嫌なんだろうと思います。

これで見た目が美しかったら、悩まずに済んだのかしら?
(いやー、やっぱり悩んだだろうし、余計に悩みの種は
増えたかもしれない。)

お見合いの紹介をしてくれた人は、娘さんの話とか
孫さんの話とかをされていました。
きっとそういうのを求められているのでしょうし、
それが幸せなのだ、と思っているのでしょう。
私も昔はそう思っていました。

「もう子どもは産めないなー。」
「ていうか、育てる体力がそもそもないわー。」
「お金さえあれば、ひとりでも生きていけると思うんだけど
 結婚って何なんだろう?」
考えていたのですが、疲れたのでやめます。
 

過去のブログの記事が出てきまして。
どうやら2017年の7月に失恋をしたみたいです。
 

今の私だから、
「相変わらず人を見る目なさすぎ。
 あんな男、やめといて正解だったわよ。」

と言えますが、当時は本気で苦しみました。

ソロ活動長いんで、今更誰かとユニット組んで

活動とか考えにくいし、今はそんな時間はないのですが。

 

人は自分に持っていないものをうらやましがるものです。

特に私は「持たざる者」だから、なおさらです。

 

一緒にご飯を食べに行く友達が欲しかった。

他の友達みたいに、一緒に遊びに行くパートナーが

欲しかった。
…いろんな思いが膨らみすぎて「重い」人間になっていたのは

確かです。

 

そういや、昔から友達を作るのが下手でしたし、

人付き合いも苦手でした。

今はさらにいろいろこじらせていますから、なおさら

新しい関係は築きにくく。

結婚相談所の紹介もされたのですが、結局忙しさを

理由にそのままになっています。

お見合いも何度かしてみましたが、相手が求めるものを

自分は提供できないと思い、結果今でもひとりでいます。

 

濃厚な関係は2年前くらいまでは憧れではありましたが。

今は自分ひとり養っていけるだけのお金を稼げれば、

とりあえずオッケーかしらと考えています。

 

昔、好きだった人に言われました。
「私は、自分のために時間を使いたい。
 だから、あなたとはお付き合いできません。」

その言葉には、どういう意味が込められていたのか、

私はその人ではないから分かりませんが、今だから

その気持ちもよく分かるなぁ。

 

人生で残された時間は、もうそんなに長くはないです。

平成も最後らしいですが、至って普通の日を過ごしておりました。

条副の課題を書くにあたり、「墨池」というものがあると
便利ということで、近所の文房具屋さんに行ったのですが、

置いていませんでした。
「昔は良く売れたんだけどねー、今は売れないから
 置いてないんだよ。
 半切の下敷きも昔は置いていたんだけどねー。」
書道人口は減っているみたいです。

しかし、どこのお店に行っても、ほしいものが見つからない昨今。
私のほしいものは、そんなにマニアックなものばかりなのか?
なんて考え込んでしまいました。
まぁ、でも、パソコンで書類作成とかしちゃうから、字がきれいとか

あんまり関係ないですしね。
そんな私が4年も習字を続けているのは、小さい頃から
それだけは誉められたから、がんばってみようかな、と
思ったからです。
どこまで行けるかは分からないけど、数少ない人に誉められた
ことだから、行けるところまで行ってみたい。


私の幼なじみの誕生日が近いので、誕生日プレゼントを

探しに行きました。
彼女には今年、抹茶碗をいただきまして。
その抹茶碗がいくらするものかは分からないけど、

抹茶碗って意外に高い!!
最低でも3千円、そこそこのもので8千円くらい、

「これはカッコいいお茶碗やなー!!」
と思うと、めっちゃめちゃ高いお茶碗だったりします。
九谷焼のきれいなお茶碗、そんなに安いものではないとみた。

というわけではないですが、いつも何かにつけて
いろいろなものをくれるし、令和元年のお誕生日ということで

たまにはちゃんとしたものを差し上げたいと思いました。

いろいろ考えたのですが、お茶碗とお箸にしました。
先日、1月の半ばに作ったお茶碗(飯碗)を取りに行ってきて、
そのお茶碗がとてもすてきなものだったのです。
 

私の作ったお茶碗は私のもの(!)なので、あげませんが。
(その前に、私用なので大きめに作ってあるし。)
越前焼のお茶碗、素朴で良い!
 

いいお茶碗とお箸でご飯を食べたら、きっと毎日が

健康でいられるような気がしたのです。

私も持っている風来窯のお茶碗と、私と色違いの

おそろいのお箸を買いました。
テーマは星空。

喜んでくれたらうれしいです。