人生第何次目かの「光GENJIブーム」がやってきています。
テレビで、内海君とあっくんが出て

「ガラスの十代~STAR LIGHTメドレー」を

歌い踊っていたのを見たからなのですが。

 

それがきっかけで、またしてもYouTubeで

光GENJIの映像を見て「いいわー」と癒される日々です。

人生も半世紀近く過ぎるとメンバーもいろいろあって、

「なんでクスリやっちゃったかなー。」

とか、悲しい気持ちになったりしますが。
AAコンビを見ていると、胸がきゅっとします。

 

私の伯母が死ぬまで舟木一夫のファンで、すごいなー、と

思っていましたが、何だろう?

自分が感性豊かな時に影響を受けたアイドルって

やっぱり人生において重要なのかしら?と思いました。

 

私、運良く、縁あって光GENJIの解散コンサート

(オーラスの昼公演、名古屋レインボーホール)

行ったんですけど、本当に良かったです。

光GENJIがアイドルらしいアイドルとしては
最後だったのでは?と思います。
この頃から歌番組もなくなっていっていますしね。
平成になって発売された3rdアルバムが「Hey! Say!」

なんですよね。
ちなみに平成3年3月3日に出たアルバムが
「(333)Thank you」で、私が一番最初に
CDで買ったアルバムです。
3月3日発売の限定版と3月20日発売の通常版が
あるのですが、通常盤には限定盤にはない2曲が

あって、当時はすごく悔しかった思い出があります。

いいの。カレンダーシール貼るポスターがあるから。


本当の最初の最初に買ったのは、シングルカセットの
「STAR LIGHT」です。


いつもはiPodの音源で聞いているのですが、
このカセットテープ今久しぶりに聞いてみたら
とても懐かしい気持ちになりました。
カセットテープの音質によるものでしょうか?


L'Arc-en-Cielが30周年ということで、これまたPVとかを

YouTubeで見ていたのですが、ラルクも久しく

聞いていなかったので、懐かしさ満載でした。

 

今は80年代のアイドルソングを中心に聞いていることが

多いので、逆に2000年代の音楽の方が懐かしく

感じることが多いです。

光GENJIの解散コンサートのチケットの半券

どこかに取っておいてあると思うんだけど、

どこにやったのかなぁ。捨ててはいないはず。

最近、プリンが大好きな人になっているらしく、
スーパーに行ってはプリンを買っています。

ちょっと前には
「私はプリン・ア・ラ・モードが食べたい!」
とずっと思っていたのですが、喫茶店にひとりで
行くようなキャラではないですし、そもそも
もう令和なのでプリン・ア・ラ・モードというものは
世の中にないような感じです。

そういえば昭和だった小学生の時に、
父親に
「私はパフェというものが食べてみたいんだ!」
と言って、父親の仕事の休み時間に一緒に
駅前の喫茶店でパフェを食べたなぁ、なんてことを

思い出しました。

まずは父親の仕事場に電話をかけたのですが

苗字が巷にありふれているものなので、

同じ苗字の別人が出てびっくりした思い出があります。

 

さて、久しぶりにモロゾフのプリンを買いました。
200円の小さいのと300円の大きいのがあり、

「せっかくなら300円のものが良かろう。」

とふたつ買いました。
スーパーでプリン・ア・ラ・モードを買うと

198円(税抜)、ローソンでそれっぽいのを
買った時には500円くらい、ファミマで

プリンパフェを買ったら330円くらいだったのです。

最近、普通の大きさ(90gくらい)でも
普通に150円くらいするので、プリンに限らず

「お菓子は高級品だなぁ。」

と思うことが多くなりました。

モロゾフのプリン、あの大きさ(170g)で
300円なら買う価値はあるなぁ、と思いました。
ちなみにプリンは固めが好きです。

久しぶりに作ろうと思って、バニラエッセンスを

買ったのですが、我が家の蒸し器が壊れたままなので

どうやって作ったらいいものか。
昔、作り方を教えてもらった時には、蒸し器で
蒸していたのです。

私の父親なんかは病院が好きらしくて、

ちょっと調子が悪いくらいでもすぐに病院に

行ってしまいます。

最近では、予約ないと行けないところも多いので、

病院に限らずついつい引きこもりになってしまう

ワタクシです。
まぁ、でも普通はあまり行きたくない場所ですよね。

 

 

先週は、ずっと舌が歯に当たるのか何なのか

痛くて、しゃべりづらくて、歯医者に行きました。

 

勇気を出して予約の電話をしたら

「今から空いてますけど。」

と言われ、

「いや、今はちょっと早すぎですね。」

とちょっと遅い時間の予約で行くことができました。

 

歯がとがっているところがあったので丸めてもらい、

歯石も取ってもらいました。

歯がきれいになりました。

前回来たときは

「うわー、20年ぶりねぇ!」

と言われ驚きましたが、1年に1回はメンテナンスに

来ないといけないなー、と思いながらそのままに

なってしまい。

なぜいきなり舌が痛くなってしゃべりづらくなったのかは

分かりませんが、歯医者に行って良かったです。

もしかしたら「歯医者行かないとあかんよー」という

体からのシグナルだったのかもしれません。

だとしたら、よくできていますな。

 

今日は先日も書いた通り、人生2回目、7年目の

胃カメラを経験してきました。

カメラを鼻から入れるということで、前処置(麻酔とか)を

してもらったのですが、私の鼻は曲がっているので

カメラが入らないし痛い。鼻の穴は大きい方なのにね。

 

「喉から入れます?今ならまだ引き返せますよ。」

と言われ
「引き返してください!」

と言いました。

 

麻酔をしているはずなのに、痛いし気持ち悪いし、

涙やら鼻水やらよだれやらできったないことに

なっていました。

 

あんな「うおうお」言って辛そうな患者さん相手に

冷静にカメラの操作をできる先生には

尊敬の念しかないです。

私だったら

「あー、痛いですねー。やめますねー。」

ってやめてしまいそうです。

 

結果は、なんか食道の入り口が普通の人よりも

上の方にあるというお話でした。

胃については、ポリープが多いけどこれは

ピロリ菌がいないいい胃だというお話で、

貧血の原因になるような炎症などはないという

ことでした。良かった良かった。

 

胃の次は腸というお話でしたが、腸カメラは

1日がかりだし、いろいろ負担も大きいということで

便潜血の検査から…ということです。

腸カメラは過去に急性腸炎になった時に2回やって

ただでさえ痛くて死にそうなのに「殺す気か!」

と思ったのですが、普通に痛くない時に

検査した時(7年前)も痛くて辛過ぎたので

できればしない方向でいってほしいです。

(生きていたくない人間が「殺す気か!」も

なかなかシュールな図ではありますね。)

 

21世紀なのに、令和なのに、麻酔使っているのに、

検査なのに、痛いのは本当に嫌だなぁ、と

思います。それでも、昔に比べたらなるべく

痛くないように改良されていってはいるのでしょうね。

 

私、「注射が痛いから嫌いだ」と常々言っていますが、

注射が痛いとは言えないレベルの辛さです。
そして健康の大切さを身をもって感じるのでした。
ちゃんと生きていきたいと思う今、

もっと自分を大切にしましょう。

私の人生の二番底、2008年です。

うつ病の正式な診断を受けたのが2005年3月。
大学の実験のお仕事の手伝いをしながら

やっと完解まで行きました。

そのレストランに働くことになったのは

父の勧めだったか何だったか。

忘れてしまいましたが、大学の実験の仕事の
契約が満了したので、次の仕事でという

話だったかと思います。

大学の実験のお仕事と両立して、

派遣で結婚式場の配膳の仕事をしていたのですが、

「接客って、苦手かと思って選択肢に入れてなかったけど、

 意外と楽しいなぁ。」

と思っていたのもキッカケでしたね。

 

長時間にわたる拘束時間と、結構なパワハラに
遭いまして、せっかく完解したうつをぶり返しました。

毎日泣きながら家に帰ったし、何度近くの

線路に飛び込むことを考えたか分かりません。
ご飯も食べられなくなりましたし、この時に
体重が15キロほど落ちまして、体力もガクッと

落ちました。
ていうか、2か月もよく働いた!
とりあえず、生きててよかったぞ、私。

 

 

 

 

この年の4月に祖父が亡くなりまして、忌引きで

1週間ほど休みました。
青森まで帰るのも遠いし、あちらのお葬式は
1週間くらいかけてするというのもありました。

この当時は正社員前提のアルバイトという身分だったので、

休むのだって会社にとってはそんなにダメージは
なかったと思うのです。
(…ていうか、思い出してみれば「あなたは接客は
しなくていい」「私のすることを見ていてください」と

言われ、窓際族みたいな扱いをされていたので、

ダメージなんかないでしょ。)

私も若かったですし、常識のない人間を自覚しているので、

「長いお休みをいただきまして、ありがとうございました。」

と言わなかったのは良くなかったと思います。
(私の社会人人生でそういうことを教えてもらったことが
なかったのもあるし、自分から社会人としての

マナー的なものを学ぼうという姿勢がなかったのも
悪かったですね。)

 

けど、遊びに行ったんじゃない。
祖父のお葬式でした。

「おじいちゃん、亡くなったの大変でしたね。」

というお悔やみの言葉もなく、
「あなたには感謝の気持ちはないのか。」
となじられたのは今でも辛い思い出です。
社会人は身内の葬式に行っちゃいけないのかよ!
 

コミュ症ではあるのですが、感情は割と表に
出す方だと思っているのですが、

あの時は全く笑わなくなりました。

 

最後の時に花を渡され、
「意味わからん!」
と思いました。
「病気なのに、仕事するなんて。」
と言われました。

ていうか、あんた達の対応でぶり返したんですが。
(とはいえ、自分の体調を甘く見積もって長時間労働を
している時点で私も良くなかったな。)

あの時の私はおとなしく普通に終わりましたが、

今の私が同じ状況だったら

その花を投げつけて奇声を上げていると思います、たぶん。
そのくらいしても罰は当たらないと思う。
今でもそのくらいひどいことをされたと思っていますし、

いじめてきた人の顔をふと雑誌とかで見かけると

腹が立ちます。

 

この「病気のくせに仕事するなんて。」という言葉は
その後も別の場所で何度も聞くことになります。
嫌な思いをさせられた派遣先のお菓子は、

世間の評判が良くても、二度と買いません!

 

「病気が治ってから働けばいいのに。」
というのは、確かにその通りなのですが。

あの時の私はとにかく、早く「普通の生活」に戻りたいと

もがいていました。

今でこそ うつ病もポピュラーになりましたが、

自分がおかしいのを知られないように必死でした。

 

最近届いた「ねんきん定期便」を見て、年金が未納の
期間を「これは何だったかなー。」と思い出し、
そんなこともあったなと遠い目になっていました。
 

 

お金のこととか、生きていくための知恵とか、

もっと知っていれば、最初の2005年の段階で

もう少しまともな人生を送れていたかもしれません。

生きていたくない期間がかなり長かったので、

「自分の人生をどうより良く生きるか」について

真面目に考えなかったツケですな。

仕方がない。

 

年金の未納分はもう遡って払うことはできないので、

もらえる年金は少なくなるようです。

そんな話を友達にしたら

「いや、もしかしたら全然もらえないかもしれないし。
 未来のことは分からないよ。」

と言われました。

お金の勉強は今からでも間に合うでしょうか…。

干支一回り続けた児童館のお仕事。
4月1日は私の中では児童館の中で
一番忙しくて気を遣う日と言っても過言では
ありませんでした。

私の朝出の曜日が月曜日と金曜日ということが
多かったのですが、なぜか4月1日がこの日に

かかることが多く。

新年度は幼稚園から小学校に上がったばかりの
子どもたちを迎え、慣れない環境に精神的に
不安定になる子も多く。
また、保護者もわが子が心配で、いろいろな
ことを尋ねてくるので、それに対応するのに

「もう一人職員を配置してくれー。」
という感じでした。

そして、今までかわいらしかった新2年生が

先輩風を吹かせ、学年によってはものすごく
面倒くさい対応になったりして。

また学年ごとにカラーが面白いくらいに違うので、

とても面白かったです。
 

 

今日は、児童館時代にお世話になった人に
偶然会うことがありました。
「なんで辞めたの?」
「今、どこにいるの?」
答えるのが面倒くさいなぁ、と思いました。
「昔、アルバイトで働いていたところで

 スカウトされたんで、移籍しました。」
と言っておきました。
 

コロナじゃなくても、児童館の進退はずっと
考えていました。
好きな仕事だから、できる限り続けていきたい。
今は親の後ろ盾があるから安いお給料でも
なんとかやっていけるけど、親がいなくなったら

どうなっちゃうんだろう?と常々考えていました。

「まぁ、時期が来れば結婚でもして何とかなるやろー」

と軽く考えていた時期もありましたが、

人生はそんなに甘くないわけで。
そもそも結婚に向いてない以前に、人と関わるのが

苦手なのですから仕方ない。

周りが結婚したり、子どもが産まれたり、

新居に引っ越ししたり…次々とステージが変わっていくのに、

私は平成元年からこの場所に住んでいて、
名前も変わっていません。ある意味「平穏無事」な人生。
家族が大きな病気をすることもなく、事故はあったけど

死んだり後遺症も特になく、元気に生きています。
ありがたいことです。


 

児童館の先生に限らず、女の人がメインになる仕事は
どの仕事も「結婚している」ということが前提にあって、

腰掛的なイメージがあるのか賃金がとても安いです。

出産や子育てで、会社生活からちょっと離脱する時期が

あるとしても、児童館もこども園も介護も
決して責任の軽い仕事ではないのに。
誰でもいいわけではなく資質も問われますし、

資格も必要です。

 

ここ5年ほどは毎年、どこかの児童館が児童厚生員の
人数が足りないまま運営しているということが続いており。

私が児童厚生員になって少ししてからは本当に

職員の入れ替わりが激しくて、

「若い人を入れて、育てていく気持ちがないと

 児童館事業を続けていくのは難しいのでは?」
と思っていました。

 

そんな話を館長としたことも何度かあるし、社協にも
訴えたりもしているのですが、

「賃金が増えるということは、それだけ責任も増える」

「それを嫌がる人もいる」

ということで、いろいろ面倒なんだなぁ、と思いました。

残業も多かったし、持ち帰りの仕事もしているのに、

それがお給料に反映されなかったら

どこで自分の仕事に価値を見出せるのでしょう?
いや、もちろんお金で得られないものもありますけど、
「やりがい搾取」になってはいけません。

 

何もしなければ、本当に気楽にやれる仕事だと

思いますが、何もしなくて子どもたちに来てもらえる

児童館にはなりませんし。

 

子どもの見守りだけではなく、事業の企画・運営、

おたより、会計…と結構マルチプレイヤーぶりを

発揮しないと難しい仕事なので、今でも
「児童館の先生ってすごいなぁ!」
と思っています。

 

 

例えば、この12年の間に私が結婚して子どもを

産み育てている立場だったら、今でも児童館の

仕事を続けていたのでしょうか。
なんてことをちょっと考えてしまいました。

活動していた自主グループの活動、
とりあえず今期の最終日でした。

ここ2年ほどはコロナで活動が中止になることも

多く、また活動をしたところで発表の場もなく、

参加者も減っていっていたところで

今のリーダーが「存続か解散か」を言い出しました。

 

メンバーの皆さんは

「他の皆さんに合わせます。」

という意見の方ばかりで、

「自分の意見ってないのかなぁ。」

とついつい思ってしまいました。
「私はこう思っているけど、皆さんの決めたことに
 合わせます。」
なら、まだ分かるんだけども。

 

存続する方法は考えればいくらでもあると

思うのです…。

 

返事を保留していたら、一番最後に私のところに

リーダーから電話があり。

「解散にしますか、どうしますか?」

となぜか私が決めることになってしまいました。

 

「あー、続ける気がないのなら、
 やめたらいいんじゃないですか?」
と答えたら

「公民館の主事さんには『休止』という手もあると

 言われました。」

と言われました。

 

なくすことはすぐにできるけど、また一から

立ち上げるのが大変なのであれば、

休止という手もある、ということでした。

 

私の中では思い入れもあるので

「じゃあ、休止にしましょうか?」

と言ったら、

「久遠さん、名前だけでもいいので代表になってください。」

と言われました。

 

…いや、名前だけならあなたもう一期すれば

いいじゃないですか。

というのは後から気が付いたことですが
(結局引き受けてしまいました)、

彼女も1年リーダーをやって疲れたのでしょうね。

最終レッスンの一番最初に書類を渡されました。

リーダーは正義感で突っ走る人だし、結構周りが
見えてないところで、

「そういうの、嫌だなー。」

って思っていた人もいたかも。

私はちょっと苦手でした。
毎回送られてくる「参加できなくて残念でしたね。」
というLINEも嫌味にしか感じられませんでしたし。
土曜の午前中は空いている、と言っているのに

「ぜひ都合を付けて参加してください。」と
念押しで言われるのも嫌でした。
彼女の「やさしさ」が「皮肉」にしか聞こえなくなったのは
なぜなのか。

「正しいこと」を他人に押し付けることは、その人を
傷つけることもあるんだなぁ、とぼんやり考えて
しまいました。


その日のその後に来たLINEで
「たまの土曜とかなら集まれそうな感じですよね。」
と私に個別に言ってきた人もいて
「続けたかったなら、ちゃんと意思表示しないと
 ダメだよー」
と思いました。

リーダーとしては
「最近の集まりが悪いところで、遠方から

 先生に来てもらうのが申し訳ない。」
「謝礼も十分に出せてない。」
というところで、先生に申し訳ない気持ちで

どうしようかと考えたのでしょう。

現在の条件そのままでは、到底グループを
続けていくのは難しい。

でも、そのことを先生に相談したのかなぁ?
「皆さんはこう考えているみたいですし、
 私はこう思っているんですけど、
 先生はどのようにお考えですか?」
もしかしたら先生は
「少人数でもやりますよ。」
「謝礼少なくてもいいですよ。」
って言ったかもしれないし、そんなんでも
続けていきたい気持ちの方が強かったかもしれない、のに。

相手の気持ちを考えることは大事。

だけど「(相手は)こう思っているのに違いない」という

思い込みで突っ走るのは危険だと思いました。

少ないメンバーでも、きっと先生にとっては

楽しい、充実する時間だったに違いありません。


仕事でなかなか参加できないあの人や、
病気でしんどい思いをされているあの人だって、

それでもグループを抜けなかったのは

きっと【みんなで】コカリナを続けたかったから。

コロナが流行しなければ。
顔を見てみんなで集まって話ができれば、
もう少しいい考えが浮かんだかもしれません。
…思うことは多いですが、少しずつでもできることを
やっていくしかありません。

ものすごく体が重い。

疲れて横になって休んでいると、いつの間にか

寝落ちしてる。

3階まで階段を上ると異常に息が切れる。

最近では何となく手足のしびれなんかも

あったりして。

 

まぁ、いいお年頃ですし、運動不足かな。

仕方がないな、と思っていました。

 

別件で病院に行って、血液検査をしたら

血中のヘモグロビンの数値が異常に低いとのことで、

またしても貧血だったようです。

 

昨年の10月に、メンタルクリニックで血液検査を

してもらった時には「正常値」と言われ、

そんなにすぐに悪化するものか?と

思って、10月の結果を見てみたところ、

正常値は正常値でも最低ラインでした。

ていうか、最低ラインで鉄剤やめたら

あかんのでは?


貯金が少ししかないのに、貯金やめましょう。

お金が足りません。使いました。

貯金がなくなりました。

という状態です。
もう少し貯金をしておきたい。ほんとに。


昨年、薬局で鉄剤を買って飲んで

のたうち回って苦しんだので、あまり自己判断で

鉄剤とか飲んだらいけないなぁ、と思いながら

何とか対策ができればいいのですが…。

 

貧血というのは酸素不足と一緒なのだそうです。

(血中のヘモグロビンが酸素を体中に
運んでいるのですが、ちゃんと運べていない

状態なのです。)
マスクをしていると息が苦しいなぁ、仕方がない

ことなのかなぁ、とのんきに思っていたのですが、

本気で息が苦しい状態だったみたいです。

びっくり。←ゆるやかに酸欠になっているので

あまり自覚がない。

 

そういえば、あまりに貧血がひどいので

子宮筋腫以外の病気がないか、胃カメラやら

腸カメラやらやったのが何年前だったか。

2015年2月のことでした。

 

 

いや、7年も年月が流れていたことにびっくり。
そして、ブログを日記代わりにつけていて良かった。

愚痴ばかりブログだけどね。

 

「本当にどこも痛くないですか?」

今もどこもとりあえず痛くないかな…。
「出血とかひどくないですか?」

出血はいつもどおり。ある意味ひどいですが。
「きちんと3食食べているんですか?」

3食は食べています。大丈夫です。

前回胃カメラを飲んだ時には

「ポリープが多いですねー。」

と言われた記憶があります。

腸カメラは今回は言われてないけど、できれば

もう二度としたくないです。

検査なのに痛いってやめてくれよ、ホントに。

 

てな感じで、今回も何もないことを祈りますよ、私は。

Facebookでやり取りをしていた人がいます。

とあるキッカケで
「児童館は辞めて違う仕事しています。」

ということを伝えました。

あまり仲が良い人ではないですし、仲が良い人で

あってもなかなか言いづらい話題です。

 

仕事を変えたというと、絶対「今何しているの?」って

聞かれますし。

後ろ暗いことをしているわけではないので

別にいいんですが、あんまり突っ込まれたくないのは

相手が私の仕事に対して期待を抱いている時に

夢を壊すようなことを言うような気持ちが

するからなのでしょうか。

「あー、なんかものすごく面倒くさい!」

と思ってしまいます。

 

そんな面倒くさいことを伝えたのですが、

相手が大分年上の男性だものですから

見当違いの返答をしてくるのが気に障ります。

 

Facebookに投稿しなくなったのも、他の人の

投稿もそんなに見なくなったのも、

「他人のキラキラを見るのが辛くなったから。」
と言ったら、
「年頃特有の悩みですよ。」
と言われ。いや、それはそうなのかもしれませんが。

 

年末には「年の瀬の一杯のラーメンを3人で

分けて食べる物語」の添付ファイルを送ってきて、

「久遠さんの担当する子どもたちにも聞かせて

やってください。」
と。(児童館辞めたって大分前に言ったんですがねー。

おかしいなぁ。)

 

何だかいろいろしんどくなりました。

 

気にしすぎなんだろうと思います。

 

でもどうしたらいいのか分からず、既読スルーしています。

 

まぁ、我が家の父親の無神経さにもイライラ

させられることが多いので、

「あの年代の人はそういうもんなんやろ。」
って流せればいいんでしょうけどね。

 

仲良くしたいと思ってくださるのは非常にありがたいと

思うんですが、

「えー、なんかそれって嫌なんですけど。」

ということをされると、その人とどう接していいのか

よく分からなくなります。

 

 

もともと人との距離感がよく分からないですし、

空気読むのも苦手です。
だから友達が少ないのも分かっています。
空気読めないなら、そのまま空気読めないキャラで

いればいいのに、他人の顔色を変にうかがう

ところがあって。
いじめられたし、嫌われたし、少しでも人とうまく
やっていきたいという気持ちがそうさせているのも

分かっています。

「こういう時にはこういう態度を取った方が
 相手は喜ぶのかしら?」
「こういう風に思っているけど、こういう風に

 答えた方が怒られないのかしら?」
なんて常に考えながら生きてきました。
そりゃ疲れるし、適応障害にもうつにもなるってな

もんです。

人生半分近く生きてきて、なんだか「正解」を

探すのも疲れたというか。

結局他人に合わせたところで、自分にとって

いいことはそんなにないなぁ、というのが

最近の所感です。
人の役に立ちたいとは思うけど、便利に使われたい

わけじゃない。

 

他人は自分ではないのだから、自分が思っていたのと

違う反応をされることもあるでしょうし。

自分も他人に対して期待された反応をしている

自信は全くないですし。

普通に返事したら、「そんな言い方ないじゃない!」と

言われることも結構あったりします。

 

それに対していちいち落ち込むのもどうなのかな、

と思うようになりました。

分かりもしない他人の頭の中を想像して

辛い気持ちになるのはやめよう。

他人の感情を勝手に背負うのはやめよう。
親切のつもりが大きなお世話になったとしても

「まぁ、想いが違ったんだ、仕方ないね。」
と流すことにしよう。
私がしたかったんだから、それでいいじゃない。

ただ、嫌なことがあった時には
「自分はそういうことをされると、
 とても不快なんですけれども‼」
という気持ちを、相手にもう少し上手に伝えられると

いいかなぁ、と思っています。

今でもFacebookは見るだけで利用していたりするのですが、

華々しい活躍をしている知人を見ていると何となく

うらやましいという気持ちになります。

 

私が「何もない」のは、自分の努力が足りなかったか、

方向性が間違っていたところがあるので

今さらどうしようもありません。

仕方がないとあきらめている部分はあります。

何より自分が選んだ道です。

 

「うらやましい」という感情の出所については、

「自分もそうなれるかもしれなかった」という思いも

多少はあるのかな?と思います。

 

どうして有名になりたいか?と考えてみたところ

他人にちやほやされたいとか、愛されたいとか

そういう気持ちが人より強いのだろうな、と思いました。

 

ちょっと昔。
友達をたくさん作りたくて、公民館の青年講座の

自治会でイキって参加したら、結局なんだか

嫌われてしまいましたし。

まぁ、考えの方向性が違う人に合わせて

自分を殺して生きるのは性に合わないと思いました。

仕事上ならともかく、プライベートならなおさらです。
何より、自分はどうやら「個性派」らしいので

他人には理解されにくい…みたい。

 

光が強ければ、影は濃くなる。

私のことを好きな人が増えれば、嫌いな人もきっと増える。

そう考えたら「どうでもいいや。」ということになりました。

有名になれば、いろいろ面倒な付き合いも増えるでしょうし。

大切な友達にすらなかなかメールを返せない私としては

そういうの、良くない。

他人の感情に振り回されて、自分のことがおろそかに
なりがちなら、自分のキャパで納められるくらいの

人付き合いがちょうどいいのかしら?と。
本当に付き合いたい、大切な人を大切にできれば

それでいいじゃないか。

 

そんな話を母親にしたらば

「私はそんなことを考えたことがない」

とハッキリ言われてしまいました。

そういや、いろんな人にそういうことを言われてきたわ。

どうやら考えすぎのようです。

最近、アホみたいにエビフライが食べたいので

いろいろなお店を検索しているのですが、

なかなかエビフライを置いているお店も
ないような感じです。
昔はファミレスの定番だったのに、置いている
ファミレスもなかなかないようです。

 

 

こないだ行ったお店は、エビフライとステーキの

セットだったのですが、エビフライが小さくて

「こんなのは、私の求めていたエビフライではない!」
と非常にがっかりしました。

 

先週の日曜は、かなり昔友達と食べておいしかった

お店に行ってきたのですが、

「土日祝はテイクアウトだけです。」

と書いてあり。

家までちょっと遠いんだけどなー、でも

エビフライが食べたいんだなー、と

テイクアウトにしました。

案の定、容器をひっくり返し、エビフライがステーキの

ソースにまみれてしまいました。

エビフライのサクサク感が…。

お店で食べる非日常感がいいのに、家で

食べるとそんなに特別感がないなー、と思いました。
テイクアウトのゴミも多くて何だか申し訳ない気持ちに。

 

その次は、またしても昔行った違うお店に行ってみました。

昼時混んでいるのはいいのですが、カウンター席にいる

おじいちゃんがカウンターに平行に座って、

大声でマスクなしでくっちゃべっているのが

非常に気になってしまいました。

注意しろよ、お店の人‼

「マスク会食 黙食 実践中」の札があるのに

残念な気持ちになりました。

エビフライではないのですが、昨日は近所にできた

お店に行ってみました。

「ご予約はされていますか?」
と聞かれ、
「ひとりで来るのにそんな予約なんかようせんわ。」

と思いました。

お店は満席で、お断りされてしまいました。

日曜日に行ったのがいけなかったのかしら。
 

こんな時期だから仕方がないのですが、

コロナだからって食べたいものを気軽に
食べに行けないってとても悲しい気持ちになりました。


 

エビフライに関しては、ジャンボエビフライという

メニューを出しているお店があったので、

また誕生日にでも予約して行ってみようと思います。

エビフライに3000円とは、贅沢ですな!