どこにいても居心地が悪かった 自分の居場所がないと思った
辛くて苦しくて でも負けたくなくて
負けないために上を見上げた
高く 高く 夢を伸ばしていこう 誰も届かない高みまで ゆけるところまで
そうして見下ろすことでしか生きられないと思った
空に向かって積み上げる作業は 私の心を癒してくれた
積み上げてる時だけ 自分は正しいことをしている 正しく時間を使っていると思えた
果てしなくつづく高みへの欲望は 辛ければ辛いほど強くなった
ここから抜け出すための梯だから
空高く伸びた摩天楼
それだけが私を支えている
高く高く高くへ
心を 体を 時間をすり減らしながら
逃げ出すためには空しかなかった
それが私の人生
電車で乗り合わせた女子大生2人の会話。片方の彼が最近冷たくなって、メールしても電話してもリアクションない、っていうのをなぐさめてる。
だって向こうから連絡とかないんしょ?そんなん、押しちゃいなよ
でも、メールとかして、その反応薄かったらそれはまた落ち込むべ?
押さなきゃ、うれしいこともないんだからさ

そうなのだ。でも、押さなきゃ、悲しいこともないんだからさ。
こうして彼女は返事を待って声を投げ掛けるのだろう。返ってくるときのうれしさを思い、返ってこない悲しみのリスクに目をつぶる賭け。こうして、またズルズルと答えのない蟻地獄にはまりこんでゆく。
恋愛はギャンブルのようだ。
ストレス解消にどちらかを取れと言われたら、迷わず本を取る。
ほしかったのはこれでしょ?ほしかったものが手に入るのに なぜこんなに悲しいんだろう
「これ」があればいいと思った ざまあみろ、って思えると思った。
でもなぜこんなに悲しいのかな 
彼と関わりのある場所を見て 無性にせつなくなる
ほんとは また一緒にいたいのだろうな
それが得られたらまた厭になってまた違うものを欲しがるのだろう
そう私はいつも手に入らないものが欲しい。
手の届かない 天上の何か
だから 本当に欲しいのは 象徴としての彼
賢い人は「諦める」って知恵を通して
そんなものを欲しがることは とっくに卒業してるんだ
欲しがっているうちは永遠に幸せになれないのを知ってるから
早く大人にならなきゃいけない
さっきの話ともつながるけれど、奇策を弄する人間のことは気にしないこと。自分をどう見せるか(これはどう隠すか、につながる。秘すれば花、という側面はあるにせよ)に苦心惨憺している人間は所詮たいしたことはない。だからそうしているのだ。
ニセモノに惑わされないこと。
そういった人間が自分可愛さのあまりしていることと、愛情を取り違えないこと。
これは、自分への反省を含めて。
きっと彼は私のそういった所に気付いていたのだろう。愛情の押しつけの中に、束縛の中に。自信のなさを隠す虚飾の中に。そしてそれが真の愛情ではないことも。少なくとも、私自身の自己愛を超えたものではないことを。
彼は事実を隠す嘘はついても、自分を隠す嘘はつかなかった。
自分の気持ちにはいつも素直だった。
彼の率直さが、今頃になって、やっとわかった。
踏み切りで自殺しようとした女性を助けようとして亡くなった警察官。人となりは知らないけれど、本当に立派なひとというのは、見えない所にいるものなのだろうな。
目立たず、てらわず、大言壮語で他人を惑わしたりせす。
本当に目指すべきひととか、あこがれられるべきひとって、テレビに出てたりする有名人じゃないのは確かだ。彼らは、見られることがうまいだけなのだ。有名になるために、どこかで何かをふみにじっているから有名になれたのだ。
立派なひとは、この行動が他人からどう見られるかなんて考えやしない。メディアの害毒は、よくテレビに出ているひとが偉い、見せ方がうまいひとがすごい、ってことにも及んでるんじゃないか。
日本人は自己表現が下手、と言われ続けて久しいけれど、政治家のコメントをはじめ、ここの所の色々な場面での過剰な自己顕示欲の蔓延は醜いな、と思う。
こうしてブログを書くようになって思うけど、日々の小さな気付きを言葉化するという意味で、ブログはその気付きをもれなく積み重ねていってくれて、あとから俯瞰して大きな気付きを得たりできて便利だ。
ただその反面、自意識を肥大化させ、自分ひとりで満足する、閉じた自分ワールドを形成して、それさえあればいい、みたいになっちゃう危険性があるんだな。
(自分から見てという目線において)美しい一人遊び。
また今日もとらわれてしまった。
職場のそばの本屋に、だ。普段から小説はあまりかわない、と決めていて、小説は流行だから買う気がしない、もう一度読みたいと思うものが少ない(大体今の小説は気分を作るもの、っていうような意味しか感じ取れなくて困る)というのが理由だけれど、今日は無性に小説が読みたくなった。彼がいなくなって、強い磁力をもって流れ込む物語がなくなったからかもしれない。私は物語を必要とする人間なのだな。
昔買ったかもしれない、と思いつつ、金色夜叉を買った。なんだか、今の気分にぴったりくる感じがしたのだ。
本屋通いが習慣になったのは、ずいぶん久しぶりな気がするけど、一番自分らしい時間が過ごせていると思う。
ってもんで。いっとき夢中になっても飽きちゃうのは、それだけのものだなぁ。
ずっと昔に好きだった人に時々会っている。たびたびじゃなく、思い出したように連絡を取って、話をしたりする。初めて会ったのは、たぶん8年くらい前。年上で、JAZZに詳しくて、どう接点を作ればいいかわからないくらい大人な感じだった。だから、何を考えて私と会ってくれてるのかもわからなかった。車のBGMで流れるインストロメンタルを聴いても、どう褒めていいかも、自分で楽器を演奏するというそのひととの会話の糸口すらもつかめなかった。でも、私は大人になりたかったのだと思う。だから、今思うと大人になるためにあの恋をしたのだ。
そのひとが話したたくさんのエピソードの切れ切れが今も少し残っていて、恋愛感情は残っていないのだけど、何だか実は色々知ってるって感覚はおもしろかったりする。すごく遠い場所から当時の自分を見ている、というような。あんなに切なく好きだったのに不思議だ。
いつかは彼ともそうなるんだろうか。
ちなみに、そのひとはとても穏やかで、なのにとても勝ち気だ。
優秀なひと、というのは、穏やかに見える中にとても強い自己をもって、それを上手にコントロールしているひとだと思う。