40歳を越えて看護学校に入学し、浪人生活を合わせて6年間かけて助産師になりました。このブログは助産学校在学中から暗黒の新人助産師時代を経て現在に至るまでの記録です。


現在は山形県でゆる~く看護師をしています。

たま~に誰かの心が軽くなればと、幼少期の性被害の経験やそれでも今は幸せに生きてるぜっ✨とお話をさせていただくこともあります。

今日はお仕事だった、阿部ゆう子です真顔


風呂日なもので、汗で濡れてるのか、水しぶきで濡れてるのか、ワケわからんくらいズブズブになった52歳。


頑張りましたとも、はい。



死体が怖くなくなった。


無事に母を見送ることができた。


それは私個人の話。


そこには娘もいたし、甥っ子や姪っ子もいた。


うちの娘は間違いなくそうだし、甥っ子たちもおそらく人の死を初めて経験したのではないかとおもう。


娘は棺桶の中の母を見て「本当に寝てるみたいだね」と言った。


甥っ子や姪っ子もキャッキャと楽しそうにしている。


私が遠い昔に経験した、あのオドロオドロしさは微塵もない。


良かった、本当に良かった。


母は、最後に良い仕事してくれたと思う。


納棺師の方の腕も良かったのだと思う。


母は10歳くらい若返って見えた。


血色も良く、頬もふっくらしていた。


そして、父のグッジョブでもある。


母は私がこれまでに見た中で、最高に高級感のある棺桶に入り(すごく可愛い花の絵が全体に淡いタッチで描き込まれていた)、高級感のある薄桃色の着物を着ていた。テレビで見た芸能人のもの以外では、最もゴージャスな祭壇には胡蝶蘭がバンバン使われていた。


全部、父が「これが良い」と言ったものになっていると妹が言っていた。


それでいいよ、私も。


だって、父さんと母さんのお金だもの。


参列者は、父、私と家族、妹と家族、父の姉、父の兄嫁、母の兄嫁、あとは母の宗教の人。


ええ、無駄にゴージャスですけど何か真顔❓️


車が買える金額でしたけど何か真顔❓️


何にも私は言わんっちゅうねん❗️


なのに妹がわざわざ「金額はいい」って……あの日から急に丁寧語で話だしたし、妹旦那は視線も合わせなくなったニヤニヤ💢



それは父さんの金や❗️お前(妹)のじゃない❗️


そして、もちろん私のでもない。



あの日、51年間ずっと良い子だと思っていた妹が、普通に嫌なところもあると知った。


それとは別に、2週間に1度のペースで実家を訪ねてくれたり、介護保険関係とか、病院関係とか、結果的に父のお世話をしてくれている妹にはとても感謝している。


私は実質なにもしていないから、感謝しかない。


それでも、あの手のひら返しはさすがに無かったことにはできない。


あなたはもう、私の知ってる妹ではない。


そして私も、あなたの知ってる姉ではないよ。


富士山山頂で飛ぶ娘